東京·江東区佐賀にあるショップ「ten(テン)」。鉄の扉を開けると、真っ白な吹き抜け空間に、大胆な螺旋状のスロープが伸びる。この空間を手掛けた河合広大は、なぜ金属加工を極めるのか。彼のもとを訪ねた。
朗らかさをつくる、柔軟な姿勢。
近年東京にオープンした店舗をチェックすると、内装メンバーに「河合広大」という名前をよく聞く。河合が手掛けるのは、鉄やステンレス、真鍮といった金属を板材から加工し、什器や家具から、ファサードの門扉をつくること。金属と聞くと重厚で、マッシブな印象を受けるが、河合の作品は非常に軽やかで、洗練されている。
「金属は、木や樹脂と比較すれば、素材そのものに強度があるので、細く繊細な表現をするのにも適しているんです。また、同じフォルムのものでも、鉄と真鍮では、まったく異なる印象を与えられるように、素材ごとの個性と表現の振り幅があるのが特徴」
従来、内装に携わる金属加工職人は細分化が激しく、扉、ハンドル、重機、階段など、用途によって役割が分担していた。時代の流れとともに自分でできるありとあらゆることをやってきたという河合は、「キャリアもまだまだですし、各分野のプロには到底かなわない」と謙遜しながらも、自由な発想力とチャレンジ精神で、独自の道を切り開いてきた。

現在に至るまでにもいくつもの紆余曲折があったと話す河合。大学時代まではラクロスの選手として活躍。日本代表に選ばれるほどの実力の持ち主だった。しかし、卒業時には、リーマンショックの煽りで内定切りに。一旦は不動産会社で営業職に就くも、経営統合による環境の変化から離職。家族が経営していた金属加工の会社で仕事を始めた。
「歳が倍以上離れた職人の人たちと、朝から晩まで機械と向き合う毎日。普通ならばしんどいと思うのかもしれませんが、僕にはとても新鮮に感じられたんです。一見単純そうな作業も、自分で考えたり、実験を繰り返すことで新しい可能性が生まれ、ものづくりにどんどん奥行きが出てくるんです」
4年半ほどして独立。時を同じくして、airbnbの内装を手掛ける町田龍馬との協働がはじまり、仕事の幅も広がった。さらなる大きな変化が訪れたのは、江東区佐賀に自身の工房と妻が営むセレクトショップを融合させたスペース「10(テン)」をオープンさせたことだ。
「単に依頼されたことに答えるだけでなく、自分の思想や感覚を持てる技術とともに表現できる場所がほしかった。ここをオープンするまでは、表現しがたい不安が心のどこかにあったのですが、ようやく自覚をもって仕事と向き合っているような気がします」
施工の現場は、プロトタイプなどをつくらない一発勝負の世界。だからこそデザイナーや建築家、そして施主とのコミュニケーションが重要となる。
「互いが認識を共有し、納得したうえで前に進む。合理性や生産性を優先してせかせか動くのではなく、柔軟な姿勢でつくる時間を楽しみたい。そうすれば、創った空間も穏やかで朗らかな空気が漂ってくると思うんです」
tenを訪れると、思わず足を止めて時間を過ごしてしまう。その背景には、このような河合の空間づくりに対する温かい思いが込められているのかもしれない。


