帆布工場に流れる普遍の時。
中川正子写真集『An Ordinary Day』

透き通るような空気感、飛び散る光の粒子。独自の世界観で多くの目を惹きつけるフォトグラファー、中川正子。あくまでも写真表現を基軸にしつつも、執筆や自身のアトリエでの企画展示、クリエイターとの協業など、躍進はとどまるところを知らない。

そんな中川が新たな写真集『An Ordinary Day』を発刊する。これまでに出産を機に発表した『新世界』、震災を機に東京を離れたときにつくった『IMMIGRANTS』など、プライベートなできごとをきっかけに作品集を発表してきた中川が、今回撮影の舞台にしたのは岡山県倉敷市にある古い織物工場だった。

倉敷は江戸時代にはじまった綿花の栽培をきっかけに木綿織物が発展。さらに香川の金刀比毘羅との「両参り」で知られる由加神社本宮詣の土産物として丈夫な真田紐なども生まれ、近代以降ではデニムや制服など、さまざまなジャンルの織物文化へと進化した土地だ。

2011年に家族とともに東京から岡山に移住した中川正子だったが、地元に多くの紡績会社があることを知りつつ、触れ合うきっかけもないまま時が過ぎていた。そんなあるとき、135年の歴史を持つ帆布生地の老舗、倉敷帆布から「工場に遊びにきませんか」と連絡を受けた。

何気ない気持ちで訪れた中川だったが、昔ながらのものづくりを現代に受け継ぐ現場が持つ特別な雰囲気に圧倒される。北向きののこぎり屋根からこぼれる光、ボビンから室内に張り巡らされた巨大なクモの巣のような糸の群れ、爆音をたてながら織り機のなかを忙しく往復するシャトル、雪が蓄えた山脈のように幾重にも積まれている帆布。工場で働く人々にとっては「いつもどおり」の景色が、中川正子の目にはまた違う美しいきらめきのように映った。

「およそ歴史と呼ばれるものは、日々の些細なことが連綿とつながった集積なのだろう。ここに確かに生きた人々がいる。 それぞれの毎日の喜びも、葛藤も、退屈も、情熱も。年表には決して載らない呼び名のつかないできごとや思いが、 静かにそこにある」

そんな感覚を抱きながら、中川は無心でシャッターを押し続けた。

工場で撮り下ろした膨大な写真から厳選した100枚を一冊まとめたのが、今回発表する写真集『An Ordinary Day』だ。工場の普通の一日、帆布が淡々と織られる様子をとらえているが、中川の視線の先には、世代を超えた家族の肖像、職人が手先で交わす会話、まるで泣きじゃくる子供ようにうなる機械、うねる帆布が醸し出す温もりが見えているようで、普遍的な情景からいくつもの物語が生まれているようにさえ思える。

デザインは、アートディレクターの飯田将平が担当。手に取った瞬間に指先から何かを感じ取ってほしいと、帆布独自の風合いを彷彿とさせる造本計画を展開した。

写真集の発刊は、8月に開催される「BaBaBa Summer Market」で先行発売。同時にクラウドファンディングでスタートする予定だ。

  • Text: Hisashi Ikai

中川正子[Masako Nakagawa]

津田塾大学在学中に留学したカリフォルニアで写真と出合う。ありふれた日常のなかに存在する美しい風景を、独自の光の粒子と視点で捉える。東京を拠点に広告や雑誌を手掛けていたが、2011年に岡山に移住。写真のみならず、展示の企画や文筆など、多様な表現で常に進化を続ける。主な写真集に『新世界』『IMMIGRANTS』『ダレオド』『Rippling』など。

https://masakonakagawa.com

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