オブジェが作る風景。放つエネルギー。

見慣れた風景のなかにある何気ない存在を、美しい表現へと昇華していくアーティスト、小林且典。彫刻、写真、水彩と、複数のメディアを行き来しながら創作を続けるその理由を探る。

小林且典の作品は、一言ではうまく言い表せない不思議な力をまとっている。モチーフにしているのは、複雑な稜線を描く山並み、滑らかなカーブを纏う壺など、身近な環境のなかで頻繁に目にするものばかり。小林がオブジェクトを単体で表現していくのだが、作品を見ているとその細やかなディテールと力強い存在に惹きつけられ、周りにある空気までもが動き出すような感覚がある。

小林は、美術大学で彫刻を専攻。大学院まで進み、さらに彫刻の研鑽を積むために政府給費留学生としてイタリアに渡った。

「イタリアの学生たちと肩を並べて創作し始めたときは、自分は圧倒的にデッサン力が高く、レベルも上回っていると思っていました。しかし、完成した作品を見て愕然。彼らの作品は、それぞれに内部から訴えてくるものがあり、個性的でとても力強いもの。いままで自分がいかにテクニックに頼り、近視的にしか物事を見ていなかったかを思い知りました」

さらに小林の心を大きく開いたのが、イタリアの画家、ジョルジョ・モランディ(1890~1964)の作品だ。

「個展会場だったミラノのヴィッラ・レアーレ(ミラノ市立美術館)は、元伯爵邸。そのなかにA4サイズほどの額がぽつんと飾られているだけ。とても小さな作品なのに、豪華な大空間を凌駕するエネルギーを感じて、『これはタダモノじゃない』と直感したんです」

制作に集中すると手元ばかりを見てしまい、周りが見えなくなる。気持ちが入りすぎない良い心のバランスを取るために小林が始めたのが、自身の彫刻作品を写真に収めることだった。

「作品を別の作品のなかに取り入れてみると、そこに新たな対話がはじまる。重い金属を扱う鋳造彫刻は肉体労働で制作時間も数ヶ月と長い。一方、写真は瞬間の光を捉えるもの。体の使い方も頭の使い方もまったく違うメディアを扱うことで、別の視点が生まれ、より自分をリアルに感じることができるんです。だから、好きなものを創り、空間に並べ、その風景のなかで過ごしたいと思うようになりました」

その後、水彩も追加。現在は一年を3つのピリオドに分け、春に水彩、夏に写真、秋と冬は鋳造彫刻という流れができたことで、無心に作りつづけることができるようになったという。

「生きていくためにはきちんと展覧会を開いたり、発表の機会ももちろん大切。でも、僕自身はとにかく制作できていれば幸せ。制作している最中は、基本的に作品に誰も触れてほしくないから、完成するまで一人きり。そうすることで、ようやく自分自身でいられるような気がするんです」

小林の作品と対峙したときに感じるエネルギーは、創作と真摯に向き合う態度であり、素直な一人の人間の生き様そのものなのかもしれない。

小林且典[こばやしかつのり]

1961年兵庫県生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科を経て、同大学院修了。1987年イタリア政府給費留学生として、ミラノ国立ブレラ美術学院に入学。1995年に帰国し、東京町田市にアトリエを構える。彫刻、写真、水彩という3つの表現メディアを行き来しながら、独自の静物の世界を表現している。

http://www.studiokobayashi.com

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