日本からフィンランドに移住して13年。テキスタイルデザイナーでアーティストの星佐和子が創作の拠点を北欧の国に決めているのは、彼女なりの理由がある。
「フィンランドに暮らしていて、常に鮮明に感じているのは、自分の周囲にいる人たちとの距離感や関係性。私が外国人であることや、小さな子供を育てていることも少しは影響してくれるのかもしれませんが、周りの人が親切に振る舞ってくれます。でもそれでいて、適切なディスタンスがあり、決してお節介にはならない。それぞれのパーソナルスペースをしっかりと尊重しているように感じるのです」
生まれも、育ちも東京という星さん。小さな頃から多くのモノと人に囲まれて生きてきた。出会いの可能性がたくさん存在する一方で、それがものすごい勢いで通り過ぎていく日常。数えきれないほどの情報を見聞きしているのに、アクションを起こさなければ何も感じ取ることができない。
「ここにいると、人間関係だけでなく、自分が何とつながっていて、何を大切だと思っているかを肌で感じ取ることができるんです。フィンランド人はあまり無駄な買い物をしないのですが、倹約家というよりも、それぞれが独自の感覚で本当に素敵だと納得するものにしか手を出さないからのような気がします」
生活者のこだわりが強い分、デザインの役割も大切になる。北欧デザインにシンプルで簡潔な表現が多いのも、こうしたことが理由だろうと星さんは考察する。そんな星さんがデザインの核として捉えているのは、どのようなものなのだろうか。
「私のデザインは、決して見たままの景色を写し撮ったものではありません。フィンランドの冬はとても厳しく、その間あまり外にでることができない代わりに、夏のあいだはいろいろなところに出かけたり、旅をしたりします。訪れた土地で見た美しい風景を目に焼き付けながら、私はそこに漂っている匂いや頬にそよぐ風といった感覚までもどんどん記憶のなかに刻んでいくのです。創作の時が来ると、脳裏に目一杯に広がる記憶を辿り、独自の世界を再び巡っていきます。もしかしたらいま私が思い出している記憶は、また誰かの記憶とつながるかもしれない。そんな感情のゆらぎをも筆先に託して、描いているように思います」
幻想的なイメージのなかに隠されているのは、心の変化を細やかに捉える鋭敏な感覚。見るものも自らの経験や記憶と重ね合わせて、想像を広げられるからこそ、星さんの作品は多くのものの心を惹きつけるのだろう。