福島県郡山市の工房で作陶を続ける安齊賢太。ひと目では陶器と判別できない、不思議な質感を持つ黒いうつわをつくる理由は。安齊のもとを訪ねた。
うっすらと雪が残る寒い冬の日に訪れた郡山。安齊賢太が一人黙々と作品づくりと向き合う工房のなかは、作陶に必要な道具以外、無駄なものはなにも置かれていない、整然とした凛とした空気が漂う。創作に没頭するなかでも、常に世界は流転し、変化を続けている。たゆたう時間のなかで、微細な心の動きを感じ取りたい。そんな気持ちが安齊の気持ちをかりたて、空間を整えさせているのだ。


手先は器用で、DIYで工作することは好きだったが、美術や工芸とはまったくかけはなれた生活を送っていた安齊。大学では経済を専攻。卒業後は、サラリーマンとして企業に勤めていた。
「生活は安定しているし、リスクもない。可もなく不可もなしという楽な方法論ばかりを選んでいた僕でしたが、急に『これがこのままずっと続くのか』と考えた瞬間、急に不安にかられたのです。やりたいことをやるならいましかない。とりあえず好きだったものづくりに目を向けてみようと決めたのが、京都の伝統工芸専門校(現在の京都伝統工芸大学校)に入ることでした」
とことん基礎を学び、卒業後は生きた陶芸に触れようと渡英。白磁を手がけるダニエル・スミスのもとで1年。帰国後は、現代陶芸の新しい扉を開いた黒田泰蔵に師事した。この2人のもとで安齊が学んだことは、技法よりも作家としてどのような姿勢を貫くかという、生き方そのものだったという。
「与えられたミッションをこなすのではなく、きっかけ、道すじ、結論もすべて自分で決めるというのが創作の本質。そこには自身の良いところも、悪いところもすべて露呈されます。作品に込めるのは、単なる技の上手さではなく、人間の精神そのもの。楽しいこともあれば、大変なこともある。時間や空間がたゆたうなかで、人の心もゆらいでいる様子をうつわに映したいと考えています」


深く鈍い黒い光を纏う安齊のうつわは、まるで仏具や神器のようだともたとえられる。この独特の色彩は、独特の制作方法によって生まれるものだ。
「素焼きし黒化粧を施したうつわの土が焼きしまる直前、結晶化して間もない状態の時に、漆を練り込んだ土を表面に塗っては磨くプロセスを繰り返し施しています。8~10回ほど行うので、一つのうつわができあがるにはそれなりに時間がかかるのですが、最終的には生の土に似た、滑らかさと艶のある輝きが現れるんです」
じっと眺めていると、その黒くぼんやりとした輝きの奥に、さまざまな景色が現れては消えていくような印象さえ覚える安齊賢太のうつわ。2月にSHOKEN IZUで開催する個展では、伊豆高原の穏やかな光と天井高のあるギャラリーの清廉な空間のなかで、安齊の作品が堪能できる。