家具職人・鰤岡力也の仕事

インテリアだけでなく、店舗什器として扱われる椅子やカウンターといった家具も、店のコンセプトを伝える大切なツール。人気ショップを数多く担当する家具職人の鰤岡力也のデザインアプローチを聞いてみた。

「手伝ってくれる人はいますが、メインの作業は一人が基本。小さなアトリエであまり営業らしいこともしていないのに、仕事の依頼がもらえるのはありがたいですね」

190cm近い長身から長い手足をぶらりと伸ばしながら、穏やかな口調で話す鰤岡力也さん。話題の飲食店、ブティック、ショールームとコラボレーションを重ねながらも、鰤岡さんの仕事に対する姿勢はいたってマイペースだ。

独立以前は、輸入古材などを扱う「ギャラップ」で働いていたが、家具製作に関してはほぼ独学。いまだ徒弟制が残る家具工房出身の職人が多いなか、それでここまでキャリアを続けられるのは異例だとも言える。

「中学生のときにアメカジにはまって以来、いつも僕の興味の中心にはアメリカンカルチャーがありました。ギャラップ時代も、お店にやってくるのは『バックドロップ』や『プロペラ』といった渋谷・原宿の人気ショップ関係者など、肩の力が抜けたセンスの良い大人ばかり。そんな人々と交流を重ねているうちに、家具やインテリアのノウハウは知らずとも感覚がどんどん研ぎ澄まされていき、自分だったらはこうものが作りたいと強く思うようになったんです。でも今冷静になって考えると、あんなに無知だったのによく独立したと思いますよ」

ギャラップ卒業後は、カントリー家具店「Depot39」の天沼寿子さんや、美術家でデザイナーの吉谷博光さんなど、時代を切り開いてきたクリエイティブな先輩たちのサポートもあり、順調に経験を重ねていく。しかし、依頼をすべて受けていたら仕事が集中し、35~36歳の頃は、2日おきに徹夜するほど多忙を極めた。

「そんなとき父が突然他界したんです。人生いつ何が起こるか分からないことを実感しました。それまでお願いされていた仕事も十分楽しいものだったんですが、この出来事をきかっけに自分でやりたいに100%フォーカスしていようとシフトチェンジしたように思います」

その後、フォトグラファーの平野太呂さん、パドラーズコーヒーなどを運営する松島大介さん、建築事務所のすわ製作所など、鰤岡さんにさらなる刺激を与えるメンバーとの出会いから、次々に新しいプロジェクトが生まれた。

「技術的に優れた家具職人は数えきれないほどいます。でも僕にあるのは、空間全体の空気を読み解きながら、木工だけでなく金具や仕上げのディテールまでこだわり抜き、美しい風景を完成させたいという気持ちだけ。一人でできることには限りもありますが、規模小さくとも妥協のない空間をこれからも目指していきたいと思います」

既製品はほとんど使わず、小さな部材まですべてオリジナルで手がけていく鰤岡さん。プロジェクトが進行するほどに新しいアイデアが次々と現れ、空間を埋め尽くしていく。鰤岡さんの手がけたさまざまなショップを訪れ、家具や建具のディテールまで眺めてみるのも面白いかもしれない。

  • Text: Hisashi Ikai

鰤岡力也[ぶりおかりきや]

1976年東京都生まれ。「Gallap」「Depot39」を経て、2003年に独立。2010年自身のスタジオMobley Worksを設立する。以降、店舗の内装設計、家具製作を手がける一方で、オリジナル家具の企画・販売も行う。代表作に「Paddlers Coffee」「KITTE 旧東京中央郵便局長室」「松㐂」など。

https://www.mobley-works.com

金属加工・河合広大の仕事。

東京·江東区佐賀にあるショップ「ten(テン)」。鉄の扉を開けると、真っ白な吹き抜け空間に、大胆な螺旋状のスロープが伸びる。この空間を手掛けた河合広大は、なぜ金属加工を極めるのか。彼のもとを訪ねた。

朗らかさをつくる、柔軟な姿勢。

近年東京にオープンした店舗をチェックすると、内装メンバーに「河合広大」という名前をよく聞く。河合が手掛けるのは、鉄やステンレス、真鍮といった金属を板材から加工し、什器や家具から、ファサードの門扉をつくること。金属と聞くと重厚で、マッシブな印象を受けるが、河合の作品は非常に軽やかで、洗練されている。

「金属は、木や樹脂と比較すれば、素材そのものに強度があるので、細く繊細な表現をするのにも適しているんです。また、同じフォルムのものでも、鉄と真鍮では、まったく異なる印象を与えられるように、素材ごとの個性と表現の振り幅があるのが特徴」

従来、内装に携わる金属加工職人は細分化が激しく、扉、ハンドル、重機、階段など、用途によって役割が分担していた。時代の流れとともに自分でできるありとあらゆることをやってきたという河合は、「キャリアもまだまだですし、各分野のプロには到底かなわない」と謙遜しながらも、自由な発想力とチャレンジ精神で、独自の道を切り開いてきた。

©Ko Tsuchiya

現在に至るまでにもいくつもの紆余曲折があったと話す河合。大学時代まではラクロスの選手として活躍。日本代表に選ばれるほどの実力の持ち主だった。しかし、卒業時には、リーマンショックの煽りで内定切りに。一旦は不動産会社で営業職に就くも、経営統合による環境の変化から離職。家族が経営していた金属加工の会社で仕事を始めた。

「歳が倍以上離れた職人の人たちと、朝から晩まで機械と向き合う毎日。普通ならばしんどいと思うのかもしれませんが、僕にはとても新鮮に感じられたんです。一見単純そうな作業も、自分で考えたり、実験を繰り返すことで新しい可能性が生まれ、ものづくりにどんどん奥行きが出てくるんです」

4年半ほどして独立。時を同じくして、airbnbの内装を手掛ける町田龍馬との協働がはじまり、仕事の幅も広がった。さらなる大きな変化が訪れたのは、江東区佐賀に自身の工房と妻が営むセレクトショップを融合させたスペース「10(テン)」をオープンさせたことだ。

「単に依頼されたことに答えるだけでなく、自分の思想や感覚を持てる技術とともに表現できる場所がほしかった。ここをオープンするまでは、表現しがたい不安が心のどこかにあったのですが、ようやく自覚をもって仕事と向き合っているような気がします」

施工の現場は、プロトタイプなどをつくらない一発勝負の世界。だからこそデザイナーや建築家、そして施主とのコミュニケーションが重要となる。

「互いが認識を共有し、納得したうえで前に進む。合理性や生産性を優先してせかせか動くのではなく、柔軟な姿勢でつくる時間を楽しみたい。そうすれば、創った空間も穏やかで朗らかな空気が漂ってくると思うんです」

tenを訪れると、思わず足を止めて時間を過ごしてしまう。その背景には、このような河合の空間づくりに対する温かい思いが込められているのかもしれない。

  • Text: Hisashi Ikai

河合広大[かわいこうだい]

1986年、金物問屋を経営する父とピアノ教師の母のもと、東京都両国に生まれる。幼少期に埼玉に移住し、サッカーとバイオリンに打ち込む。独協大学入学後、ラクロス部に入部。U20日本代表にも選ばれる。不動産会社を経て、金属加工を開始。2015年独立。2019年、自身のショールームと妻が営むセレクトショップが融合したスペース「ten」を隅田大橋のほとりにオープン。そのほかに、新木場のショップ〈CASICA〉や目黒のレストラン〈kabi〉などの話題店舗のアイワーンワークを多数手がけている。

https://www.10-tokyo.com/blank-3

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