目の前に広がる、鮮やかな多彩色。独自の手法で色の魅力と可能性引き出していくSPREAD。色にこだわり、創作を続ける理由を聞いた。
SPREADの展覧会場にひょっこりとやってきた小学3年生くらいの男の子は、場内に足を踏み入れるやいなや、作品に向かって一目散に走り出した。その様子を見たSPREADの小林弘和がつぶやく。
「色に触れると、頭でいろいろ考えて判断せずとも、心や体に一気にスイッチが入る。色には、言葉ではうまく説明できない、自然な反射、反応を起こす力があるんですよね」
暖色系は心を高揚させ、寒色系は逆に鎮静効果がある。そんな色彩心理学の鉄則もあるが、どうして人は赤い色を見ると興奮を覚えるのか。色が交感神経に刺激を与え、血圧や体温を上げるという研究発表はあるが、なぜ刺激を受けるかは定かではない。
「文献を調べながら、動物の体を開いたときに見える血の色が関係しているんじゃないかなどと、仮説を立ててみたりもするのですが、結局のところよくわからない。色の組み合わせや構成によってどんな反応が起こるのか。それを知るには、多様なアングルからクリエイションをしてみて、自分たちで確かめてみるしかないんです」
SPREADの山田春奈と小林弘和が色によるクリエーションをはじめたのは、スタジオを設立した2004年のこと。1日の行動パターンを、「睡眠=ネイビー」「仕事=レッド」「食事=オレンジ」というように21色に置き換え、記録。この『Life Stripe』は、彼らが15年以上つづけているプロジェクトだ。




「人の暮らし方、生活の記録を文字情報で読み解いくのは時間もかかり、少し難しいのですが、絵として表現されていれば感覚的に理解しやすい。人だけでなく、動物や昆虫なども観察対象にしてみると、特性もより顕著になり、それぞれが生きた事実を美しいかたちで表すことができるんです」
行動の違いを色で示したのは偶然だったと語る彼らだが、色に対する特別な感覚は、もしかしたら若いときに時を過ごした新潟のランドスケープに少なからず影響を受けているかもしれないと小林は話す。
「僕が生まれ育ったのは、新潟県長岡市から新潟市へと抜ける途中にある、山もなければ、棚田もない、ひたすら田園が続く真っ平な地形が続く平野地帯でした。地形の変化がない代わりに、四角い田んぼが色面になって、季節ごとに彩りを絶妙に変えていきます。田植え時期には水面に空を映して青緑になり、苗が育って緑がどんどん増し、稲穂が着くと金色に代わり、収穫を迎えると土色、そして雪が降り全面が真っ白になる。その景色を記憶にとどめる一方で、空と地面の2色しか存在しない風景に、斬新な色を差したくなる衝動を覚えることもありました」
雪に閉ざされる、景色に彩りがまったくなくなると、春を待ち侘びる気持ちとともに、色に対する強い欲望が脳内にどんどん溜まっていくこともあった。


「冬のあいだに春を待ち焦がれて、桜が咲く頃を思い描くと、いつのまにか頭のなかには蛍光ピンクの世界で満ち溢れている。でも、暖かくなって実際に花開く桜の花びらは、とても淡くてはかない薄紅色で、『あれ、こんなんだったっけ?』と拍子抜けしてしまうほど。知らずうちに、脳内ですごい変換が起きていたことにそのとき気づいたんです」
色は、光のかたまりのようになって脳内を駆け巡り、歓喜や希望を凝縮していく。色がもたらすとてつもないエネルギーをデザインの力で手繰り寄せながら、その先にある可能性をも追求。微細な色の違いを人がどのように捉え、意識を変化させているのか。SPREADの2人は化粧品の仕事を通じて、細やかな色のグラデーションの鍛錬を重ね、さらに色彩の解像度を高めていったと振り返る。



2019年にジャパン・ハウス ロンドンで開催された展覧会〈Living Colours: かさねの森 染司よしおか〉で会場デザインを担当した折には、京都にある染工房を重ねて訪問。江戸時代から続く伝統の技で絹や麻、和紙などを美しく染め上げるために、さまざまな植物から多様な色が生まれる様子をつぶさに観察した。
「ありとあらゆる植物を大切に育て、採集して、叩いて潰し、時間をかけて煮出し、濾すことによって生まれる鮮やかな色は、まさに生命を凝縮した存在。だから人は色に触れるたびに、心を動かされるのかなとも思います」
色は単に視覚的に世界を彩るだけでなく、人の心を揺さぶり、内から込み上げる感情をリアルに体感させてくれる。SPREADのクリエーションの前に立つと、だんだん感覚が鋭くなり、心が豊かに広がっていくような感じがした。

