写真家の三部正博と印刷ディレクションを行うパピエラボの江藤公昭が、展覧展「PRINT MATTERS」に求めたものは何か。写真、印刷の表現領域とはなにか。2人に聞いた。
フィルムで撮影した像を印画紙に焼き付ける写真と、版面にインクを塗布して紙に写しとる印刷。同じ「プリント」という工程を持ちながらも、その手法、表現は大きく異なる。
似て非なる存在の写真と印刷、それぞれの分野で活躍する三部正博と江藤公昭が初めて協働したのは、2009年のことだった。
「年賀状用のポストカードを江藤さんに作ってもらおうと相談に伺ったのがきっかけ。それからプライベートでも頻繁に会っていますが、年に一度のポストカードづくりは、いまだに続く年末の恒例行事になっています」
軽やかに話す三部に対し、江藤も笑いながらこう加える。
「三部くんとの制作は、毎回とても難解になってしまうんですよ。活版印刷はインクが乾きにくいため、一日で刷る通常1色。それを4色、5色掛け合わせたいとなる。印刷所の人にしてみても、たぶんパピエラボがお願いしている仕事のなかで一番面倒な内容じゃないかなって思っちゃいます。でもその度に、先代の社長は『また今年も来たのかよ!』と大声を上げながらも、なぜかニコニコと嬉しそうでした」
無理難題とも思えるプランが職人魂をくすぐり、予想をはるかに超えた結果をもたらす。毎年多様なトライアルを重ねてきた2人が、元印刷所だったBaBaBaの存在を知った時に、また新たな挑戦を重ねてみるのも面白いと思ったのは、ごく自然なことかもしれない。
本展は、三部がここ数年撮り続けているランドスケープ写真を、江藤のディレクションによって、さまざまな印刷手法によって多様に表現してみるというもの。ユニークなのは、写真も印刷もより高解像度、高精細を目指す方向にある時流に逆らうように、写真を表現するのに最適とは言えない手法を敢えて用いている点だ。
「写真をきれいに表現する方法はもちろんありますが、僕が面白いと思うのは、印刷によって可能な表現を、到達点が見えない状態から探ること。三部君とやりとりしていると、敢えて想定できないことにチャレンジしたいと思えるんですよね」
活版印刷、リソグラフ印刷、シルクスクリーン印刷という異なる工程を掛け合わせ再現された三部の風景写真。モノクロで再現したシルクスクリーン印刷の作品は、光と影が際立つ切り絵のようでもあり、リソグラフ印刷で仕上げたものは、絶妙なドットがブラウン管で見た映像のようにも見える。その一点一点がまったく異なる表情を纏っており、見るもの想像力を巧みに掻き立てる。
「何をきれいだと思うかは、人それぞれですし、環境によっても大きく変化するもの。僕自身は自分の感覚に限界を設けず、常に超えていきたい。それを他者の力、印刷の可能性を借りて飛び越えていけるのは、ワクワクします。江藤さんや印刷所の方々が、トライアルそのものを楽しんでいる様子を見ているのも刺激的でしたね」(三部)
「印圧やインクの量を紙ごとに変えられる活版印刷の特性を生かすために、古道具屋や紙問屋の倉庫に眠っていたデッドストックの和紙や、包装などに使う半透明で光沢のあるグラシン紙のなど、多様な用紙をセレクト。印刷手法の違いだけでなく、職人の感覚と熱量は仕上がりに大きな影響を与えるもの。今回のトライアルは、印刷を通じて人の多様性や感性の奥深さに改めて触れたような気がします」(江藤)
会場には、10種の写真を3通りの手法で印刷物に仕上げた作品のほか、三部正博のオリジナルプリントも展示。正統な写真表現と、そこから大きく飛躍した印刷表現のはざまを行き来しているうちに、また感覚の渦がぐるりと動く気がした。