帆布工場に流れる普遍の時。
中川正子写真集『An Ordinary Day』

透き通るような空気感、飛び散る光の粒子。独自の世界観で多くの目を惹きつけるフォトグラファー、中川正子。あくまでも写真表現を基軸にしつつも、執筆や自身のアトリエでの企画展示、クリエイターとの協業など、躍進はとどまるところを知らない。

そんな中川が新たな写真集『An Ordinary Day』を発刊する。これまでに出産を機に発表した『新世界』、震災を機に東京を離れたときにつくった『IMMIGRANTS』など、プライベートなできごとをきっかけに作品集を発表してきた中川が、今回撮影の舞台にしたのは岡山県倉敷市にある古い織物工場だった。

倉敷は江戸時代にはじまった綿花の栽培をきっかけに木綿織物が発展。さらに香川の金刀比毘羅との「両参り」で知られる由加神社本宮詣の土産物として丈夫な真田紐なども生まれ、近代以降ではデニムや制服など、さまざまなジャンルの織物文化へと進化した土地だ。

2011年に家族とともに東京から岡山に移住した中川正子だったが、地元に多くの紡績会社があることを知りつつ、触れ合うきっかけもないまま時が過ぎていた。そんなあるとき、135年の歴史を持つ帆布生地の老舗、倉敷帆布から「工場に遊びにきませんか」と連絡を受けた。

何気ない気持ちで訪れた中川だったが、昔ながらのものづくりを現代に受け継ぐ現場が持つ特別な雰囲気に圧倒される。北向きののこぎり屋根からこぼれる光、ボビンから室内に張り巡らされた巨大なクモの巣のような糸の群れ、爆音をたてながら織り機のなかを忙しく往復するシャトル、雪が蓄えた山脈のように幾重にも積まれている帆布。工場で働く人々にとっては「いつもどおり」の景色が、中川正子の目にはまた違う美しいきらめきのように映った。

「およそ歴史と呼ばれるものは、日々の些細なことが連綿とつながった集積なのだろう。ここに確かに生きた人々がいる。 それぞれの毎日の喜びも、葛藤も、退屈も、情熱も。年表には決して載らない呼び名のつかないできごとや思いが、 静かにそこにある」

そんな感覚を抱きながら、中川は無心でシャッターを押し続けた。

工場で撮り下ろした膨大な写真から厳選した100枚を一冊まとめたのが、今回発表する写真集『An Ordinary Day』だ。工場の普通の一日、帆布が淡々と織られる様子をとらえているが、中川の視線の先には、世代を超えた家族の肖像、職人が手先で交わす会話、まるで泣きじゃくる子供ようにうなる機械、うねる帆布が醸し出す温もりが見えているようで、普遍的な情景からいくつもの物語が生まれているようにさえ思える。

デザインは、アートディレクターの飯田将平が担当。手に取った瞬間に指先から何かを感じ取ってほしいと、帆布独自の風合いを彷彿とさせる造本計画を展開した。

写真集の発刊は、8月に開催される「BaBaBa Summer Market」で先行発売。同時にクラウドファンディングでスタートする予定だ。

  • Text: Hisashi Ikai

中川正子[Masako Nakagawa]

津田塾大学在学中に留学したカリフォルニアで写真と出合う。ありふれた日常のなかに存在する美しい風景を、独自の光の粒子と視点で捉える。東京を拠点に広告や雑誌を手掛けていたが、2011年に岡山に移住。写真のみならず、展示の企画や文筆など、多様な表現で常に進化を続ける。主な写真集に『新世界』『IMMIGRANTS』『ダレオド』『Rippling』など。

https://masakonakagawa.com

日記を綴るように、コラージュする。
Shohei Yoshida Exhibition『KASABUTA』

アートディレクターとしての活動の傍らで、コラージュ作品を作り続けている吉田昌平。9年ぶりにシリーズ『KASABUTA』を発表する吉田に、コラージュを続ける意味を聞いた。

「つくっているときに見える、余白や間が好きなんですよね」

第一線で数々のデザインワークを手掛ける一方で、紙を細かく切り刻んでは、貼り付けながら再構成していくコラージュ作品をつくっている吉田昌平は、ぽつりとつぶやく。

吉田にとって、コラージュは日常の行為の一つ。何気なく起こったことを綴っておく、日記のような存在だとも話す。身近にあったもの、たとえば古い雑誌やパッケージなど、家のなかにころがっているものを集めては、好きな形に切り貼りしていく。

「紙という素材と、切り貼りする行為がとにかく好き。偶然を楽しみながら、切り貼りでどんどん形をつくっていく。偶然なのか、必然なのか。その隙間みたいなところを楽しんでいる自分もいます」

過去の作品集のなかで、森山大道の写真集を題材にした『Shinjuku Collage』や、写真家の本多康司とシベリア鉄道で旅するなかでつくった『Trans-Siberian Railway』を除けば、普段のコラージュ作品にはテーマもルールもない。

「キャンバスに油彩を描いている画家が、ラフデッサンで習作を重ねる。コラージュの制作は、そんな感じにも似ているのかもしれません。あくまでも感覚的につくっているので、その日あったできごとにも影響されやすいんですよ」

このように無意識のなかでつくった一連の作品を吉田は「KASABUTA」と呼んでおり、展覧会として発表するのは2013年以来9年ぶりとなる。

「これまではA5サイズで仕上げることが多かったのですが、今回はB2サイズと大判。いつもとは全く違う大きさなので、制作の感触も、全体を見た時の印象も大きく異なります。さらに初めての立体作品にも挑戦してみました」

どんどん進化していく吉田昌平のコラージュ作品。これまでにはないサイズ、フォルムの作品群を前に、どのような感覚、感情が現れるのだろうか。

7月1日からスタートする展覧会では、平面9点に加え、モビールをはじめとして立体も数点展示される予定だ。

  • Text: Hisashi Ikai

吉田昌平展覧会「KASABUTA」

202271日~724

13時~19時 月曜休

会場:Roll 東京都新宿区揚場町2-12  セントラルコーポラス105号室

080-4339-494913時~19時)

https://yf-vg.com/roll.html

吉田昌平[Shohei Yoshida]

桑沢デザイン研究所卒業後、中村圭介率いるナカムラグラフを経て2016年に独立。「白い立体」を設立する。ロゴ制作、タイポグラフィーから雑誌、書籍、展覧会ビジュアル、パッケージなどを手がける。一方で、紙を素材の中心としたコラージュ作品を制作し、発表している。これまでの作品集に『KASABUTA』(2013 年)、『Shinjuku Collage』(2017年)、『Trans-Siberian Railway』(2021年)など。

Instagram @heiyoshida

http://www.shiroi-rittai.com

現代デザインの考え方とつくり方。/we+

物事の裏に潜む背景を丁寧に拾い出し、リサーチと実験から次なるビジョンを追求するコンテンポラリーデザインスタジオ、we+(ウィープラス)。自主プロジェクトを次々に起こし、拡張することを止めない彼らの原動力はどこから生まれたのか。

瞬時に人々の興味をそそる美しい形を生み出すことこそが、デザインの真髄だと信じている人は多い。しかし、これほど世の中が大量のもので溢れ、価値観がどんどん多様化していくなかで、私たちはデザイナーに何を託せばいいのだろう。

「僕たちが社会に出た頃、時代は就職氷河期の真っ只中。世の中はなんとも言えない閉塞感に包まれていました。デザイン界には、偉大な先輩方が築いてきたメインストリームがある一方で、未熟な自分たちは最初からレールから外れたイレギュラーな存在。見通しが立たないなかでも、試行錯誤しながら自分たちのポジションを意図的に設計していく必要があったんです」

自然現象をテーマにしたNature Studyから、今春発表した最新プロジェクトの「MIST」。
言語、科学、物理など、多角的な視点から“霧”を探り、そのふるまいをインスタレーションで表現した。

近代デザインが大量生産&大量消費という社会経済システムのなかで大きく成長したとするならば、持続可能な社会を目指す現代では、モノを取り巻く環境、社会のあり方を改めて検証し、これからの世界に本当に必要な事象へと変えていかなければならない。そう感じていた林登志也と安藤北斗はwe+を設立してすぐに、独自の手法で新しいデザインのあり方を模索し始めた。

「『これをつくろう』ではなく、『これはなんだろう?』『何のためにこうなっているのか?』という疑問提起からすべてが始まります。調査、実験を繰り返すなかで、時には自分を疑い、違う視点から状況を見直すなどして、目的の設定を何度も確認し合う。手間が多く、遠回りをした分、より多様で柔軟性をもった考えや解像度の高いビジョンが生まれてくるように思えるんです」

2014年にミラノサローネ・サテリテで発表した「MOMETum」。超撥水加工を施した天板の上を、水滴の群れが動き続ける。
水のかたまりが次々にかたちを変えていく様子をただ見つめているだけで、不思議と感覚が動き始める。
(クリエイティブ・コレクティブKAPPES名義による制作)

禅問答にも似たプロセスを行き来していると、本来の目的を見失ってしまう可能性もある。それを回避し、より思考をクリアにしていくために彼らが取り入れたユニークな手法は、「we+さん」というもう一つの人格を設定することだった。

「『we+さん』という第三者的視点から自分たちの言動を俯瞰してみる。『we+さんだったらどう考えるだろう?』とか『これはwe+さんっぽくないよね』など、フラットな視点で意見交換をしているとプロジェクトの軸が明確になり、さらなる疑問や興味が湧いて、アウトプットの仕方ももっと増えてくる」

磁力によって細かな鉄線が構造体に密着し、複雑なフォルムを形成する「Swarm」と
乾燥による土の割れや風化した岩石を彷彿とさせる「Drought」。

既存の枠に収まらず、ぐんぐんと活動領域を広げていくwe+は、現在、そしてこれからの我々にとって、物語を語り継ぐ感覚こそが大切だと話す。

「古代の逸話が何世紀もの時代を超えて神話として語り継がれていくように、物語を紡いでいけば、より持続する世界を目指すことができる。単に新しいデザインができましたというニュースではなく、どうしてそのプロジェクトが生まれたのか、なぜいまの社会に必要なのか、誰がどのようにつくったのかなど、誕生に関わった人々の想いを丁寧に拾い、繋いでいけば、気持ちにすとんとおさまるものが生み出せる気がしています」

道なき道をかき分け、突き進んでいくwe+。見方によっては、その歩みはとてもゆっくりとしたものに思えるかもしれない。それでも彼らが一歩ずつ丁寧に踏みしめた場所には、後に同じ所を通る人が迷ったり、間違った道を進まないような確実な足跡が残っているような気がする。


次々に店舗がつくられては壊される商業施設で生まれる廃材やサンプル材を現場で粉砕し、新たな素材・建材に再生する「LINK」。
捨てられる運命だった素材に、場の記憶をつなぐ装置としての新しい生命を与えていく。

次々に店舗がつくられては壊される商業施設で生まれる廃材やサンプル材を現場で粉砕し、新たな素材・建材に再生する「LINK」。捨てられる運命だった素材に、場の記憶をつなぐ装置としての新しい生命を与えていく。

  • photo: Masayuki Hayashi
  • text: Hisashi Ikai

we+[ウィープラス]

林登志也と安藤北斗が2013年に設立したコンテンポラリーデザインスタジオ。独自のリサーチと実験をベースに、これまでにない新たな方向から、産業やテクノロジーのあり方、自然との共存を目指す表現を目指す。R&Dやインスタレーション等のコミッションワーク、ブランディング、プロダクト開発、空間デザイン、グラフィックデザインなど、幅広い領域で活動を続ける。

https://weplus.jp

写真と印刷の境界に広がる、
表現の無限性。

写真家の三部正博と印刷ディレクションを行うパピエラボの江藤公昭が、展覧展「PRINT MATTERS」に求めたものは何か。写真、印刷の表現領域とはなにか。2人に聞いた。

フィルムで撮影した像を印画紙に焼き付ける写真と、版面にインクを塗布して紙に写しとる印刷。同じ「プリント」という工程を持ちながらも、その手法、表現は大きく異なる。

似て非なる存在の写真と印刷、それぞれの分野で活躍する三部正博と江藤公昭が初めて協働したのは、2009年のことだった。

「年賀状用のポストカードを江藤さんに作ってもらおうと相談に伺ったのがきっかけ。それからプライベートでも頻繁に会っていますが、年に一度のポストカードづくりは、いまだに続く年末の恒例行事になっています」

軽やかに話す三部に対し、江藤も笑いながらこう加える。

「三部くんとの制作は、毎回とても難解になってしまうんですよ。活版印刷はインクが乾きにくいため、一日で刷る通常1色。それを4色、5色掛け合わせたいとなる。印刷所の人にしてみても、たぶんパピエラボがお願いしている仕事のなかで一番面倒な内容じゃないかなって思っちゃいます。でもその度に、先代の社長は『また今年も来たのかよ!』と大声を上げながらも、なぜかニコニコと嬉しそうでした」

無理難題とも思えるプランが職人魂をくすぐり、予想をはるかに超えた結果をもたらす。毎年多様なトライアルを重ねてきた2人が、元印刷所だったBaBaBaの存在を知った時に、また新たな挑戦を重ねてみるのも面白いと思ったのは、ごく自然なことかもしれない。

本展は、三部がここ数年撮り続けているランドスケープ写真を、江藤のディレクションによって、さまざまな印刷手法によって多様に表現してみるというもの。ユニークなのは、写真も印刷もより高解像度、高精細を目指す方向にある時流に逆らうように、写真を表現するのに最適とは言えない手法を敢えて用いている点だ。

「写真をきれいに表現する方法はもちろんありますが、僕が面白いと思うのは、印刷によって可能な表現を、到達点が見えない状態から探ること。三部君とやりとりしていると、敢えて想定できないことにチャレンジしたいと思えるんですよね」

活版印刷、リソグラフ印刷、シルクスクリーン印刷という異なる工程を掛け合わせ再現された三部の風景写真。モノクロで再現したシルクスクリーン印刷の作品は、光と影が際立つ切り絵のようでもあり、リソグラフ印刷で仕上げたものは、絶妙なドットがブラウン管で見た映像のようにも見える。その一点一点がまったく異なる表情を纏っており、見るもの想像力を巧みに掻き立てる。

「何をきれいだと思うかは、人それぞれですし、環境によっても大きく変化するもの。僕自身は自分の感覚に限界を設けず、常に超えていきたい。それを他者の力、印刷の可能性を借りて飛び越えていけるのは、ワクワクします。江藤さんや印刷所の方々が、トライアルそのものを楽しんでいる様子を見ているのも刺激的でしたね」(三部)

「印圧やインクの量を紙ごとに変えられる活版印刷の特性を生かすために、古道具屋や紙問屋の倉庫に眠っていたデッドストックの和紙や、包装などに使う半透明で光沢のあるグラシン紙のなど、多様な用紙をセレクト。印刷手法の違いだけでなく、職人の感覚と熱量は仕上がりに大きな影響を与えるもの。今回のトライアルは、印刷を通じて人の多様性や感性の奥深さに改めて触れたような気がします」(江藤)

会場には、10種の写真を3通りの手法で印刷物に仕上げた作品のほか、三部正博のオリジナルプリントも展示。正統な写真表現と、そこから大きく飛躍した印刷表現のはざまを行き来しているうちに、また感覚の渦がぐるりと動く気がした。

三部正博[Masahiro Sambe]

写真家。1983 年東京都生まれ。泊昭雄氏に師事後、2006 年に独立。主に静物、 ポートレート、ファッションを被写体として、広告、雑誌、カタログなどの分野 で活動する。近年、ライフワークとしてランドスケープを撮り続けている。

http://3be.in/ 

パピエラボ[PAPIER LABO. ]

「紙と紙にまつわること」をテーマに 2007 年に開店。好みと縁を頼りに世界中 から集めるプロダクトやオリジナルプロダクトを取り扱う。印刷物やロゴなどのデザインや、活版印刷をはじめとした印刷、紙加工のディレクションも行う。

http://www.papierlabo.com/

手を動かすと、見えてくる必然の形。

職人のごとく、自身の手を動かしながら、モノのあるべき形を探り出していくデザイナー、吉行良平。独自のアプローチは、なにをきっかけに生まれたのか。

大阪城の南、天王寺の住宅街にある吉行良平のアトリエを訪ねると、そこには無数の素材や模型サンプルと加工工作機械が並んでおり、町工場さながらの様相を呈している。

「デザイナーの事務所って、もっと整理されていて、洗練されたおしゃれなイメージですよね。でも、僕は自分で手を動かしながら、モノを作らないと考えられないタイプ。だから、働く場所もこうした環境に自然となっていきました」

製造会社や職人との協働した家具や日用品の設計を中心に、オリジナルプロダクトの開発も同時に行う吉行良平。どことなく人懐っこくて身近に感じる存在ながら、不思議な個性も兼ね備え一度見ると忘れられない。そんな印象が、吉行のデザインにはある。

10代の頃は、華やかなデザインの世界に夢を抱きつつも、目の前に次々に現れるデザインプロダクトがどういったプロセスを経て形づくられているのか、その背後では何が起こっているのか、気になって仕方がなかったという吉行。ものづくりや職人技への憧れから、大学で金属工芸を専攻後、交換留学でフィンランドに渡り、木工技術を学んだ。

「学校の授業で数年間体験した程度のつたない技術力では、理想の形をつくることは到底できません。でも、完璧じゃないからこそ、もっと作りたいという気持ちも湧いてくる。そうやって手を動かし続けているうちに、素材や加工の特性が自ずと見えてきて、これはこのようにしかできないんじゃないかとという方法論が生まれ、形が自然に導かれていくような気がしたんです」

その後、オランダのデザインアカデミー・アイントホーフェン在学中より、デザイナーのアーノウト・フィッサーのアシスタントを務めたことをきっかけに、吉行のデザインの意識はさらに確固たるものになっていく。

「アーノウトは失読症ということもあって、言葉だけによる説明をとにかく嫌う人でした。デザインの手法を整理して伝える程度では納得せず、形づくって見せない限りは『お前のアイデアじゃない』と一蹴されるほど。だからこそ、より実証的なものづくりに専念するようになっていきました」

好きな形には、必ず理由がある。作業着としてずっと使っているグンゼのU首Tシャツは、なぜ魅力的に映るのか。思考を巡らせながら、手元にあった紐を両手で掴み目の前に垂らしてみると、ちょうどU首と同じような弧を描き、それが重力を形で表したものだと納得した。

「後日調べてみたら、実は着物を着た時、合わせから下着がはみ出さないようにと工夫されたものらしいですが、ゆるく垂れ下がった形が心地よく思えることに変わりはないですからね」

自らの手で素材に触れ、試行錯誤を重ねているうちに、自然に形が立ち上がってくる。ゼロからデザインを創造して加えていくのではなく、素材やプロセス、状況のなかからデザインの可能性を探し出す「Form Finder」という呼び名が、現在の自分にはぴったりくると語る。

4年前に子供が生まれ、子育てというフェーズが生活に加わった吉行。アトリエに子供がやってくることから、機械で木を切ったり、削ったりすることもままならないという。

「その代わりに手元で小さな木を削ったり、ボックスをつくったりと、細かな作業をする機会が増えました。スケッチも以前よりもたくさん描いているかもしれません。これはこれで、新しい視点が加わったような気がして楽しいです」

今後も、より身近な視点と感覚から、新しいデザインを探り出していくことだろう。

  • Text: Hisashi Ikai

吉行良平[よしゆきりょうへい]

1981年大阪府生まれ。オランダのデザイン·アカデミー·アイトホーフェン卒業後、アーノウト·フィッサー、ドローグデザインのプロジェクトに参加。2009年、「吉行良平と仕事」を設立。2009年より大阪を拠点に活動している。家具やプロダクトのデザインや内装設計を行うほか、パートナー、大植あきことのレーベル「Oy(オイ)」としてオリジナルプロダクトも発表する。

http://www.ry-to-job.com

オブジェが作る風景。放つエネルギー。

見慣れた風景のなかにある何気ない存在を、美しい表現へと昇華していくアーティスト、小林且典。彫刻、写真、水彩と、複数のメディアを行き来しながら創作を続けるその理由を探る。

小林且典の作品は、一言ではうまく言い表せない不思議な力をまとっている。モチーフにしているのは、複雑な稜線を描く山並み、滑らかなカーブを纏う壺など、身近な環境のなかで頻繁に目にするものばかり。小林がオブジェクトを単体で表現していくのだが、作品を見ているとその細やかなディテールと力強い存在に惹きつけられ、周りにある空気までもが動き出すような感覚がある。

小林は、美術大学で彫刻を専攻。大学院まで進み、さらに彫刻の研鑽を積むために政府給費留学生としてイタリアに渡った。

「イタリアの学生たちと肩を並べて創作し始めたときは、自分は圧倒的にデッサン力が高く、レベルも上回っていると思っていました。しかし、完成した作品を見て愕然。彼らの作品は、それぞれに内部から訴えてくるものがあり、個性的でとても力強いもの。いままで自分がいかにテクニックに頼り、近視的にしか物事を見ていなかったかを思い知りました」

さらに小林の心を大きく開いたのが、イタリアの画家、ジョルジョ・モランディ(1890~1964)の作品だ。

「個展会場だったミラノのヴィッラ・レアーレ(ミラノ市立美術館)は、元伯爵邸。そのなかにA4サイズほどの額がぽつんと飾られているだけ。とても小さな作品なのに、豪華な大空間を凌駕するエネルギーを感じて、『これはタダモノじゃない』と直感したんです」

制作に集中すると手元ばかりを見てしまい、周りが見えなくなる。気持ちが入りすぎない良い心のバランスを取るために小林が始めたのが、自身の彫刻作品を写真に収めることだった。

「作品を別の作品のなかに取り入れてみると、そこに新たな対話がはじまる。重い金属を扱う鋳造彫刻は肉体労働で制作時間も数ヶ月と長い。一方、写真は瞬間の光を捉えるもの。体の使い方も頭の使い方もまったく違うメディアを扱うことで、別の視点が生まれ、より自分をリアルに感じることができるんです。だから、好きなものを創り、空間に並べ、その風景のなかで過ごしたいと思うようになりました」

その後、水彩も追加。現在は一年を3つのピリオドに分け、春に水彩、夏に写真、秋と冬は鋳造彫刻という流れができたことで、無心に作りつづけることができるようになったという。

「生きていくためにはきちんと展覧会を開いたり、発表の機会ももちろん大切。でも、僕自身はとにかく制作できていれば幸せ。制作している最中は、基本的に作品に誰も触れてほしくないから、完成するまで一人きり。そうすることで、ようやく自分自身でいられるような気がするんです」

小林の作品と対峙したときに感じるエネルギーは、創作と真摯に向き合う態度であり、素直な一人の人間の生き様そのものなのかもしれない。

小林且典[こばやしかつのり]

1961年兵庫県生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科を経て、同大学院修了。1987年イタリア政府給費留学生として、ミラノ国立ブレラ美術学院に入学。1995年に帰国し、東京町田市にアトリエを構える。彫刻、写真、水彩という3つの表現メディアを行き来しながら、独自の静物の世界を表現している。

http://www.studiokobayashi.com

無意識に眠る感性を呼び起こす。
和泉侃の個展が大阪で開催。

服部滋樹が代表を務める、大阪のクリエイティブユニット、graf。建築、インテリアを軸に、近年では、ブランディングや地域再生まで、実に幅広いプロジェクトに関わっている。そんなgrafが中之島にあるオフィスの2階部分を改装。宿泊も可能なギャラリースペース「graf porch(グラフポーチ)」としてさまざまなプログラムを行なっている。

その一つに、アーティストを空間に招き入れ、滞在しながら制作を行う、アーティスト・イン・レジデンスがあるが、その第2弾として、アーティスト、和泉侃の展覧会「匂いの焦点」がスタートする。

「感覚の蘇生」をテーマに、匂いを通じて、意識のなかに眠るさまざまな感性を呼び起こすことに挑戦してきた和泉。本展では匂いの捉え方と物質の輪郭を探究。淡路島のアトリエ「胚」でつくった新作〈0〉とともに、3つのインスタレーションを発表する。

日常のすぐ身近なところに存在しながらも、目には見えないためあいまいに感じている匂いを、展示を通して新たに体感として置換。物質から具体的な要素を抽出していくことで、輪郭をはっきりと浮かび上がらせながら、鑑賞者の感性を刺激していく。

インスタレーションのほか、会場では和泉がこれまでに手がけたオリジナルプロダクトや、デザイン監修をおこなったスキンケアアイテムやルームフレグランスなども販売。また、和泉が関わる「D.W.M.」「RauB」「SOJYU」「sunao」の4ブランドから19アイテムが体験できる特別宿泊プランも用意されている。

  • Photo: Masako Nakagawa(cover)
  • Text: Hisashi Ikai

匂いの焦点 Kan Izumi exhibition

会期=2022428日~58日|1130分~18時[5/2休]

会場=graf porch(大阪市北区中之島4-1-9 graf studio 2F)

TEL. 06-6459-2082 

和泉侃在廊予定日4 28日~430日、58 

特別宿泊プラン=45,000円/12 (チェックイン18時、チェックアウト11時)

https://www.graf-d3.com/news/izumi-kan-exhibition/

ゼロから物事を作り出す、人の力。
“児童館”の新しいあり方を考える。

子ども時代に「児童館」で遊んだ記憶がある人も多いだろう。健全な遊び、情操教育という理念をもとに生まれた公共の施設は、放課後に安全、安心な時間が過ごせる場所であったことには間違いはないが、そこでどれほどワクワクした体験を得たかというのはなかなか難しい。

東京の代官山ティーンズ・クリエイティブは、渋谷区が所管する公設の青少年施設ながら、独自の運営手法により自由でクリエイティブな体験ができると注目を集めている場所だ。

「子どもだから、大人だからという既成概念にとらわれず、日常の生活の延長線上にあるような居心地の良い場所であることを目指しています」

そう語るのは、施設スタッフの岡磨理絵さん。代官山ティーンズ・クリエイティブは、対象年齢が小学1年生から25歳までと幅広く、小さな子どもと高校生や大学生が普通にやりとりしている姿も日常的に見られる。また、渋谷区の施設ながら、区外の人でも利用できるため、違うエリアの学校に通う人とも知り合いになれる。

「年齢や地域はもちろんですが、さまざまに 違う人たちがここで出会い、交流していく。ここでは人と違うことが目立たないというか、違っていることが当たり前という感覚があるかもしれません」

障害も肌の色もここでは個性の一つ。それを特別囃し立てたり、蔑視するような感覚が代官山ティーンズ・クリエイティブには存在しないようだ。

こうした基盤を支えているのが、平日に開催される「ミート・ザ・クリエイターズ」というコンテンツだ。ダンス、アート、書道、ヘアメイク、音楽、料理など、各分野の第一線で活躍するプロが滞在。無料のワークショップや意見交換会を楽しむ時間が、なんと日替わりで用意されている。さらに、週末に開催される「アートスクール」というコンテンツも含め、新しい出会いを通じて、自分の将来の夢を思い描き始める子どもも多く、卒業生のなかにはプロとして活躍をはじめたアーティストもいるという。

学校や家庭だけでは教えられないこと。それは子どもが自分で考え、自力で道を切り拓き、進んでいく姿かもしれない。

「なにもない、ゼロから作り出すことがクリエイティブであり、それこそが人間が持つ最大の力のような気がします」

未来を創り上げる子どもたちのために、岡さんをはじめとする代官山ティーンズ・クリエイティブのスタッフたちは、より刺激的なプログラムを用意していきたいと語る。

  • Text: Hisashi Ikai

代官山ティーンズ・クリエイティブ

東京都渋谷区代官山町7-9
TEL. 03-3780-0816

平日13時~20時、土曜1030分~20時、日祝1030分~18時。

区立学校夏季休業期間10時~18時。

*いずれの場合も、小学生は18時までの利用。

火曜、第3日曜休

https://daikanyama-tc.com

ドラァグクイーンの読み聞かせで生まれる、
自分と向き合う時間。
Drag Queen Story Hour

アンダーグラウンドカルチャーの象徴でありながら、いまではマスメディアで大活躍のドラァグクイーン。なかでも、子どもたちのために絵本を読み聞かせるイベント「Drag Queen Story Hour」が密かに話題となっている。その活動が目指すものとは。

ある日曜日の午後、子供を対象に「ドラァグクイーンが絵本の読み聞かせをする」と聞いた。“ドラァグクイーン”と“読み聞かせ”という、どことなくミスマッチな感覚と、なにか思いがけないことが起こりそうな予感を胸に会場へと向かった。

カツッ、カツッ、カツッ。20名のほどの参加者が待つ部屋にハイヒールを響かせながら入ってきたのは、全身に鳥の羽を纏ったドラァグクイーン、レイチェル・ダムール。わぁと声を上げながら拍手をする大人に対し、子どもたちの反応は、口をつぐんでじっと見つめるもの、顔をそむけて大人にしがみつくもの、ゲラゲラと笑い出すものとさまざまだ。

しかし、ひとたび読み聞かせが始まると、子どもたちはぐっと絵本の世界に集中。ドラァグクイーンと子どもたちのあいだで、ごく自然な会話のやりとりも行われる。

ドラァグクイーン・ストーリー・アワーは、アメリカ・サンフランシスコで2015年スタート。日本では東京チャプターが、自分らしい生き方、多様な性のあり方などもテーマに、2018年から独自のプログラムを展開している。3~8歳をメインターゲットとして「誰もが知っている人気本」「ドラァグクイーン自身が読みたい本」「多様性をテーマにした本」を毎回3冊セレクトし、各所で読み聞かせを行っている。

一般的な「読み聞かせ」は、知育やしつけを目的としたところも多いが、このドラァグクイーン・ストーリー・アワーは、子どもたちだけでなく、保護者や運営側など、関係するすべての人間がそれぞれに思考を深めるきっかけにもなっているとプログラム担当者は語る。

「育児経験のないLGBTQの人々と児童教育を考えたり、日常から少し外れたところで子どもとの時間を過ごす。そんななかで、子どもも大人もみんなが『自分らしさ』について考えているような気がしています」

男らしさ、女らしさ、大人らしさ、子供らしさ。そのものにふさわしい様子を表す「~らしさ」という表現も、突き詰めていくと、ときにあるべき姿を示す強制の言葉につながってしまう。

「人よりちょっと派手なメークをして、大きな衣装を着ているけれど、私は好きな格好をしているだけなの」。読み聞かせを担当したドラァグクイーンのレイチェル・ダムールがそう自己紹介した言葉には、常識の範疇では語り尽くせない超越したように見えるものにも、自然で普通の状態があることを教えてくれる。

「ドラァグクイーンと子どものやりとりを見て、日頃自分がいかに子どもを子どもっぽく、大袈裟に扱っているかに気づきました。読み聞かせも子育ても、型を気にすることなく、もっと自由にやっていいんじゃないかなと今は思っています」

イベント終了後、保護者の一人が話してくれたコメントがとても印象的だった。



協力:景丘の家 https://kageoka.com

  • カバー写真: 水戸芸術館で開催した際の様子。撮影:矢野津々美
  • 文・本文写真: 猪飼尚司

白木世志一が見た
ORIHAの世界

クヌギの葉を見事な造形へと展開するアーティスト、渡邊義紘。彼の作品集『ORIHA』の撮影を手がけたフォトグラファー、白木世志一は、どのような姿勢でORIHAと向き合い、何を感じながらシャッターを切ったのか。

「義紘くんの作品と出合ったのは、10年ほど前のこと。精巧な技はもちろんですが、一枚の落ち葉がこれほどまで生命に満ち溢れた存在に形を変えられる事実に素直に感動。その健やかな佇まいにすっかり心を奪われました」

 クヌギの葉を巧みに折り曲げ、身近な動物の姿に変えていくアーティスト、渡邊義紘の作品「ORIHA」シリーズ。作品のディテールをじっくり見ていると、葉の表面にうっすら浮かび上がる葉脈がまるで動物の骨格や血管のようにさえ見えてくる。フォトグラファーとして独立したばかりだった白木世志一は、自身のポートフォリオづくりの一貫として作家に相談して、自主的に作品撮りを行った。

そこから10年。ずっと親交を重ねてきた作家家族から作品集づくりの依頼を受け、白木はあらためて渡邊の作品と向かい合った。

「色やフォーカスの調整により、いかようにも工夫して写真を撮ることはできます。でも、今回はカメラマンとしての個性を前面に押し出さないように気をつけました。自然の葉を用いた作品には、微妙に皺がよっていたり、ときに穴が空いているものもあります。素材のありのままの質感こそが作品の魅力でもあるので、写真で余計な細工をしてはいけないと思ったんです」

 一度役目を終えた自然物に、渡邊義紘が新たな命を再び与えた。そんなことを脳裏で想像しながら、単なる静物写真にはならないように、温かみのあるものとして撮影を続けた。

 作品集には、ORIHAの数々とともに、アーティストの日常風景を撮影したものも掲載されている。

「無垢に作品をつくり続ける義紘くん、そしてそれを傍でずっと見守っているご家族。その様子を見ていると、平凡であることの楽しさ、幸せが見えてくる。今回の撮影では、プロのフォトグラファーとしての視点というよりは、その風景をたまたま見た傍観者としての感覚でいたような気がします」

写真はときに、物事の背景にある事実を如実に映し出すと言われる。しかし、白木がこの作品集に込めたのは、決してドラマティックでもシリアスでもない、ありのままの状況を表現すること。白木は、改めて写真が、「そっと寄り添う存在」であることにも気づいたという。

  • Text: Hisashi Ikai
  • Photo: Yoshikazu Shiraki

白木世志一[しらきよしかず]

1970年熊本県生まれ。九州産業大学芸術学部写真学科卒業。出版社にて編集部の経験を経て、2009年にフォトグラファーとして独立。広告、雑誌をはじめ、さまざまな撮影を手掛ける。

https://www.yoshikazushiraki.com

渡邊義紘作品集『ORIHA』

80ページ
2,200

下記のAmazonサイトにて販売中。

https://onl.sc/SHPjyf2

Back to Top