6泊7日の列車旅が生むもの。
『Trans-Siberian Railway』本多康司&吉田昌平

ウラジオストクからロシアまで全長9,297kmをシベリア鉄道で旅した写真家の本多康司とアートディレクターの吉田昌平。車内で過ごした6泊7日を、それぞれが独自のクリエーションにまとめた。

飲みの席で交わした「シベリア鉄道に、一度乗ってみたいよね」という些細な会話。通常ならばその場限りで忘れてしまいそうなトピックだが、写真家の本多康司とアートディレクターの吉田昌平の2人のあいだでは、なぜか現実のものとなり、すぐに出発の準備を始めてしまった。

この会話から半年経った2019年の冬。2人は世界一の距離を走るシベリア鉄道に乗り込んだ。とにかく西に移動し続けることを目指し、特に車内で何をするのかは決めていなかったというが、唯一約束したのは一度出発したら、絶対に途中下車はしないこと。

「車内は狭くて窮屈ですし、お風呂もありません。ちょうど中間地点にバイカル湖などの観光地もありますから多くの人は途中下車してしまうんです。でも、僕たちは同じ車内に1週間居続けたらどうなるだろうという方に興味を持ってしまった」

2段ベッドが2つ入る個室は4名でシェア。車内にはネット環境がないので通信サービスを楽しむことはできず、移動は細長い通路と食堂車を行ったり来たりするくらいが限界。人によっては退屈で息が詰まりそうな環境だが、2人は旅のなかでこの状況を格好のクリエーションに転化していった。

写真家の本多は、日が昇るとすぐにカメラを持って通路に出て、日が暮れるまで車窓に映るさまざまな景色を撮影し続ける。

「列車は前に進み続けるものの、僕自身はほとんど動きが取れない。普段ならば自分が積極的に動いてフォーカスを捉えようとしますが、シベリア鉄道では寄りも引きもできない景色がものすごいスピードで目の前を過ぎていく。いつもとまったく異なる環境下で、動く景色の一瞬を捉えることはとても新鮮でした」

西に向かう列車の後方から太陽が現れ、まるで自分を追い越すかのように西の果てへ消えていく太陽や1日の光の移り変わりは、どこにでもある自然の摂理ながら、何日も繰り返し眺めていると、何者にも左右されない不思議な力強さすら感じたという。

一方で、吉田は当初客車のベッドにまどろみながら、本を読んだり昼寝をしたりというのんびりした時間を過ごしていたが、乗車前のウラジオストクやシベリア鉄道の車内で手に入れたレシートやチケット、紙片などを素材に、コラージュ作品をつくりはじめた。

「コラージュは昔から行っているのですが、今回の旅では自分で自由に素材を選べず、たまたま乗り合わせた乗客から譲ってもらうなど、人の親切に頼る部分もありましたし、小さなベッドの上での作業はいつもよりもラフで緻密さに欠けます。ですが、そこでしか醸し出せない現場の空気感が作品に見え隠れして面白いんです」

環境がつくり出す一定の制限・制御のなかで、いかに自身の感覚や感受性を素直に写すことができるかに挑んだ本多康司と吉田昌平。列車のなかでの創作をもとに、帰国後2人は個展を開催し、作品集も手がけた。

「今回の作品では、プリントの余白部分を多めに取り、列車内の限られた空間や車窓がフレームように見える様子を表現しています」

そう語る本多に続き、吉田もこの旅で感じ取った新たな創作の感触をこのように話す。

「自分にとってデザインの仕事は一定の縛りがあるなかでこなし、コラージュ作品は自由に任せていたところもありましたが、今回の創作はまさにその中間を行くような感覚。意図せずとも自然に導かれていく魅力的なものに気づいた気がします」

本作品は、2021年5月10日~29日まで、東京・渋谷のギャラリー(PLACE) by method にて『Trans-Siberian Railway』展で発表。
同時に作品集も発売した。

  • Text: Hisashi Ikai

本多康司[ほんだこうじ]

1979年愛知県生まれ、兵庫県育ち。熊本大学工学部を卒業。長野博文、泊昭雄に師事した後、2009年に独立。雑誌、広告などで活動をしながら、積極的に写真展を開催。作品集として『suomi』(2013年)『madori』(2017年)を発表している。

http://honda-koji.com

吉田昌平[よしだしょうへい]

1985年広島県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。ナカムラグラフを経て、2016年「白い立体」を設立。雑誌や書籍、展覧会ビジュアルを手がけるほか、アーティストとしてコラージュ作品を制作する。主な作品集に『KASABUTA』『ShinjukuCollage)』など。

http://www.shiroi-rittai.com

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