時間をかけて、馴染んでいく存在。──BAILER

ファッションとしてだけでなく、アウドドアやインテリア小物としても使いこなせると人気のバッグ、BAILER。船道具から発想を展開した、サスティナブルなものづくりを考える。

直島や小豆島行きのフェリーが行き交う宇野港がある岡山県玉野市は、三井造船のお膝元として発展した、日本有数の船の街だ。

「もっとゆったりとした感覚で、産地と直接関係を持ちながら、アップサイクルな仕事がしたい」。東京でアパレルの仕事をしていた岩尾慎一さんと洋子さんがこの港町に引っ越してきたのは8年前のこと。

何のコネクションもなく、少し時間を持て余していた折に、知人から「船に乗ってみないか」と言われ、小型船舶の免許取得に出かけた慎一さんが、乗り込んだ船でたまたま見かけたのが、赤い布製のバケツだった。

「この布バケツは、『淦汲み(あかくみ)』といって、火災が起きた時に海水を汲み上げて消火に用いるための船舶の法定備品。武骨だけど、シンプルで素直な佇まいをしている。これを普段使いのものにできたらいいなと思ったんです」

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船道具のプリミティブな形は守りつつ、大きさや形、ベルトのボリュームなどを独自にアレンジ。紡績業も盛んな岡山のネットワークをたどり、地元、倉敷の帆布を生地に、加工、縫製まで、すべて地元メーカーと連携によって誕生したのが「BAILER(ベイラー)」だ。

地道なものづくりの手段を守っているので、生産できる数量にはある程度の限定があるが、それでも素朴なバッグはさまざまなスタイルに合うと、長年愛用するファンも幅広い。そんな人々のために、岩尾さんたちは、ベイラーのバッグを企画販売するだけでなく、リペアサービスも行なっている。

「使い続けていただくなかで、持ち手がほつれたり、ぽっかりと穴が空いてしまったものもあります。『どうやって使って、こんなふうに成長したんだろう?』と、頭のなかでオーナーの暮らしぶりを想像しながら、補修している時間も結構楽しいんですよ」

防水加工をほどこしている以外、特別な機能は持たないシンプルな円柱型のバッグ、BAILER。堅牢かつ普遍的なものだからこそ、ずっとそばに寄り添いながら、自然に体や風景に馴染んでいく存在となるのだ。

  • Text:: Hisashi Ikai
  • Photo:: Masako Nakagawa

3日かぎりの、サマーマーケット。
―BaBaBa Market

大好評だった今年2月のBaBaBa Market。さらに新たなメンバーを加え、盛りだくさんのコンテンツで、8月19、 20、21日の3日間、再びBaBaBaで開催します。

2回目を迎える「BaBaBa Market」は、BaBaBaが運営する高田馬場のリアルスペースとウェブマガジンをオルタナティブにつなぐイベントとして、ジャーナルに登場したさまざまなクリエイターの作品をマーケット形式で紹介していく。

開催は、8月19日~21日の3日間。新たなメンバーも加わり、全10組が参加し、夏真っ只中の週末のBaBaBaが、賑やかなマーケットとしてオープンする。

● 吉行良平
大阪を拠点の活躍するプロダクトデザイナー。実験的なアプローチから生まれたユニークな作品ほか、オリジナルブランド「Oy」の商品も。

● Nutel
エッチングで描いたような独特のラインは、すべてミシン刺繍によるもの。独創的な造形の額装や動物をモチーフにした立体作品も展示販売。

● 中川正子
何気ない日常風景に眠る美しい光の世界を、ファインダーを越しに掬い取る写真家、中川正子。今回はオリジナルプリントほか、ポストカードやTシャツなどを展示販売する。

● 星佐和子
フィンランドで活躍するテキスタイルデザイナー、星佐和子のオリジナル原画を展示。そのほかテキスタイルや雑貨も紹介する。

TILE KIOSK
日本有数のタイルの産地、多治見一帯で作られたユニークなフォルムのタイルを、一枚から販売。

● 鰤岡力也
大阪を拠点の活躍するプロダクトデザイナー。実験的なアプローチから生まれたユニークな作品ほか、オリジナルブラ木工作家、鰤岡力也がデザイン、製作したスツールやテーブルを展示。受注販売する。

● 鈴木元
物事の真髄を極めた、無垢なデザインを手がける鈴木元の作品から、錯視効果のあるフラワーベース「OBLIQUE」ほかを紹介。

● BAILER
岡山でアップサイクルなものづくりを目指す、BAILER(ベイラー)。代表的な円柱形バッグを各種取り揃える。

● fuufuufuu
テキスタイルデザイナーとしての経験を生かし、木村文香が手がける見た目にも美しいグラフィカルな押し寿司を販売。

● LAND(生花)
繊細で独創的な色合わせが話題のフラワーアーティスト、川村あこがアレンジした生花を販売。彼女セレクトのフラワーベースも揃う。

  • Text: Hisashi Ikai

BaBaBa Market Vol. 2

2022819日(金)21日(日)

1118

BaBaBa

東京都新宿区下落合2-5-15-1F

TEL. 03-6363-6803

子育てから学ぶ、造形の魅力。
──小林一毅の「Play Time」

資生堂在籍時代から、自主的な活動を続けてきたグラフィックデザイナーの小林一毅。子育てを機に、平面から立体へと表現の領域を拡大した。

グラフィックデザイナー、小林一毅の躍動が止まらない。

資生堂クリエイティブ本部に在籍していた当初から、企業の仕事以外に自主制作として「平成話紺名紋帳」「Graffiti/Stickers」などを発表。パピエラボともコラボレーションを行うなど、自由な表現活動を行なっていたが、2020年に子どもが生まれたことで、暮らしに大きな変化が生まれた。

子育てを軸に、生活を充実させたいという思いを最優先に掲げながら、いかに仕事と自主創作、さらには自身の趣味や家族との時間をバランス良く保っていくか。そんな考えから、生まれたのが平面の感覚を立体に展開しながら、玩具の形にしていくという取り組みだった。

日頃、紙の上で展開している造形を立体に起こしたとき、いかなる新しい見え方が生まれるのか。手に触れたときどんな感触を味わうのか。子どもと時間を過ごすなかで、小林の想像はどんどん膨らんでいった。

日々の刺激や発見をクリエーションにこめながら、さまざまな形や色彩、素材、塗装を研究。また、アントニオ・ヴィターリやエンツォ・マーリが手がけた名作おもちゃなども観察しながら、年代を問わず、大人も子どもも楽しむことができる小林らしい造形美に富んだ積み木やチェスなどのアイテムが完成した。

こうして完成したシリーズ「Play Time」は、7月の金沢の「TORI」を皮切りに、今後展覧会として大阪、東京を巡回。無垢な気持ちで、クリエイティブな玩具に一度触れてほしい。

小林一毅の「Play Time」

●大阪
8
6日(土)~814日(日)

13時~19時 無休

ATAKA (大阪府大阪市生野区勝山南3-8-27)
86日 作家在廊予定

●東京
8
19日(金)~94日(日)
dessin
 (東京都目黒区上目黒2-11-1)
13
時~18時 火曜定休

820日、827日、94日 作家在廊予定

小林一毅[Ikki Kobayashi]

1992年滋賀県生まれ。2015年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。資生堂クリエイティブ本部を経て2019年に独立。東京TDC賞、JAGDA新人賞、日本パッケージデザイン大賞銀賞、Pentawards Silver受賞。

instagram :  @kobayashi.ikki

生まれ変わる、家具と馬具。
──COSONCO QS(コソンコクス)

北海道に拠点を構える家具メーカーのカンディハウスと馬具を手がけるソメスサドル。製造の過程から生じる端材に、次なる可能性を見出し、合同で立ち上げる新たなブランド「COSONCO QS(コソンコクス)」とは。

北海道の中央にそびえる大雪山から、西に向かってゆったりと蛇行しながら、日本海へと流れる石狩川。美しい大河を挟むようなかたちで存在する家具メーカーのカンディハウスと馬具をはじめとした革製品を手がけるソメスサドルは、ともに1960年代創業の、北海道を代表するメーカーだ。

家具と馬具という異なる業界にありながら、ともにハイレベルなものづくりを目指し、ときに技術協力というかたちで関わりをもってきた両社には、ともに生産の過程から生まれる端材をどうにかして再利用したいという共通の望みがあった。相談を受けて、工場に赴いたデザイナーの倉本仁は、素材を見た瞬間、思い描いていたものとのギャップに衝撃を受けた。

「“端材”と聞くと、不必要になった使えない素材という印象ですが、そこにあったのは端材と呼ぶべきではない優良な材料ばかり。素性を生かして、より豊かなモノの価値が作れると直感したのです」

上質なものづくりを目指すメーカーだからこそ、扱う材料の基準は確か。しかしながら、手がける家具や馬具はサイズが大きいため歩留まりの調整が難しく、一定量の良質な余剰材が常に生まれてしまうという。

倉本は、なんとかしてこの貴重な素材の魅力を最大限に引き出したいという気持ちから、アートオブジェと機能的なプロダクトの中間に位置する「Functional Toy」という存在を目指した。かわいらしい北海道の動物をかたどった置物や建築物のフォルムを展開したブックエンドや小物入れ。そして、遊び道具やスポーツ用具などから発想を展開したオブジェ。卓越した職人の技に裏付けられた、滑らかなに削り出された木目やレザーの上を交差する細やかなステッチが、造形美をさらに際立たせる。

「暮らしのなかに置いて、目や指先で愛でることで心が豊かになる。便利な機能性はなくとも、十分に心理的な作用をもっていると思うんです」

コソンコクスは日本のものづくりが、単なる確実で丁寧なものに留まらず、人の心に静かに浸透し、ともに進化を遂げていく可能性をもっていると物語っている。

  • Text: Hisashi Ikai

倉本仁[Jin Kuramoto]

1976年兵庫県生まれ。金沢美術工芸大学卒業後、家電メーカーを経て、2008年にスタジオを設立。ストーリーを明快な造形表現へと転換し、家具から日用品、家電、自動車まで、幅広い分野のデザインを手がける。

http://www.jinkuramoto.com

Drag Queen Story Hourが
BaBaBaにやってくる!

3歳から8歳の子どもたちを対象に、ドラァグクイーンが絵本の読み聞かせを行う「Drag Queen Story Hour」が、夏休み期間中の7月と8月に、BaBaBaでの連続開催。読み聞かせに加え、今回だけのスペシャルプログラムも行われる。

2015年にサンフランシスコでスタートし、2018年日本にも上陸した「Drag Queen Story Hour」。昨今話題のLGBTQや多様性の意識はもとより、何よりも先入観や既成概念にとらわれず、子どもたちと自由な感性のふれあいを目指して、ドラァグクイーンが絵本の読み聞かせを軸とした独自のプログラムを展開してきた。

これまで全国各地の児童館や美術館などで活動をしてきたDrag Queen Story Hourが、ついにBaBaBaにやってくる。従来のプログラムに加え、今回はスペシャル企画として、変身コーナーも登場。

簡単な工作をしながら、常識にとらわれず、思い通りの自分に変身する。ドラァグクイーンが色とりどりのドレスをきて、ちょっと派手なお化粧をして、自分の好きな姿でいるみたいに、色紙を切ってカラーネールにしてみたり、ビニール袋をマントやスカートにしてスーパーヒーロー/ヒロインになったり、画用紙で大きなツノをつくって怪獣やおばけになったり。

子どもたちだけでなく、このときは大人も一緒に変身を楽しみます。大好きな自分になったら、ドラァグクイーンや一緒にきた家族、友達との撮影タイム。

これまでの『もるめたも』展やひらのりょうのガスー展の開催時には、同じ通りにある保育園、幼稚園に通う生徒や、近隣のおとめ山公園に散歩に訪れた家族が立ち寄るBaBaBaが、地域交流や児童支援を考え、夏休み期間中の7月、8月に連続開催します。


7月31日のプログラム

読み聞かせクイーン:オナン

・絵本の読み聞かせ/3冊の絵本を、ドラァグクイーンが読み聞かせ。
・おはなし/絵本にまつわる話題を、子どもたちと一緒におしゃべり。
・変身コーナー/かんたんな工作で。自分の好きな姿に変身。
・撮影タイム/変身した姿で、ドラァグクイーンと一緒にパチリ。

  • Text: Hisashi Ikai

Drag Queen Story Hour in BaBaBa

828日(日曜)

開始:13時 終了:15時(予定)

*要予約

参加費:子ども(3歳~8歳)、および同伴者は無料。大人のみの参加は1,000円。

定員:子ども 20名(先着順)

予約:下記リンクからお申し込みください

協力:ドラァグクイーン・ストーリー・アワー東京、日本児童教育専門学校

 

https://service.underdesign.co.jp/drag-queen-story-hour-in-bababa

ステッチが描き出す、
新たな感覚の日常。_Nutel

ミシンを使って、自由な世界を描き出すNutelの渡邊笑理。創作の裏側に広がる感覚を探る。

白い布の上に、舞うように広がるいくつもの黒い線。Nutelとして活動する渡邊笑理は、筆の代わりにミシンを使って絵を描いているアーティストだ。

生まれ育ったのは、滋賀の山あいにある、家族が経営していたシャツ縫製工場のすぐとなり。高速で針を落とすミシンの音や油の匂いには、子供の頃から慣れ親しんでいたこともあり、ごく自然で身近な存在に感じていた。

「田舎でのんびりと過ごしていた私でしたが、毎年お盆にやってくる東京の叔母だけは別格。テキスタイルデザイナーだった彼女はとてもおしゃれで、ずっと憧れていました」

中学1年生のとき、そんなおばからおみやげでテキスタイルの図案集をもらった。絵はずっと好きだったが、それが仕事になることを知った渡邊は、高校には美術部に所属し、そのまま美大のテキスタイル科に進学。学生最後の夏休みに東京に行き、叔母のテキスタイル会社の手伝いをして、卒業後、就職を決めた。

寝具からインテリア、タオルなど、さまざまなジャンルのテキスタイルデザインを経験し、ノウハウも学んだ。しかし、同時にミシンを踏む面白さをもっと自由に表現したいとも思うになった。

「最初のきっかけは、レコード店の友人からCDジャケットのデザイン依頼でした。ペンや絵の具ではない、なにか違うやり方をしてみたいと思っていたときに、まずは実家からもってきたミシンで縫ってみたんです。さらに、叔母が使っていたミシンが自由に曲線を縫うことができる“フリーモーション”だったことに気づいて、これならもっと細かく絵が描けると確信しました」

その2年後、運命的なできごとが起こる。旅で訪れたイギリスのマーケットで、ミシンで描かれた絵を見つけて、購入。帰国後、友人のレコードショップのオーナーが『これ笑理ちゃん好きそうじゃない?』と勧めてくれたCDのジャケットを開くと、そこにイギリスで買った絵と同じものがスリーブのなかに描かれていたという。

「Racheal Daddのアルバム『Summer/Autumn Recordings』でした。あまりの偶然にびっくりしちゃいました。しばらくして彼女が来日したので、是非会いたいと思っていたら、なんと彼女のライブで音楽に合わせて、私が自由に縫っていくライブソーイングのチャンスがもらえたんです。この経験がとても楽しくて、さらにのめり込んでいきました」 

これをきっかけにNutelの活動を本格的に開始。筆や手縫いよりもあっという間に線が描けるミシンは、せっかちな性分に合っているというが、素材は布と糸のみで、線もステッチに限定されることを彼女はどう感じているのだろう。

「制限によって感覚がよりクリアになりますし、自分なりの表現を深掘りしていく感じがします。針の動きは均等に見えて意外と不規則なもの。凝視してみると、ステッチの凹凸や裏表の関係もクセがあって面白いんですよ」

描くのは日常の風景がほとんど。山に登った時に道端に生えていた草花や、近所の通りで見かけたおじさん。なんでもないような景色もNutelが絵にすると、感じたことのないような不思議な感覚が広がる。

「ミシンでさっと描いた線は、単純そうに見えて意外と複雑。日常だけど非日常のような世界に入っていくような。作品をつくっていても、もう一人の自分と対話しているような感じがします」

彼女にとって、ミシンは自分の本質と向き合い、世界を理解するための媒介の一つなのかもしれない。

渡邊笑理[Eri Watanabe]

滋賀県生まれ。嵯峨美術短期大学テキスタイル科卒業後、テキスタイルデザイン会社を経て、2003年頃からミシンを使ったフリーハンドステッチで絵を描きはじめる。2021年にアトリエを東京・新富町に移転。併設のギャラリーではさまざまな企画展も行っている。Nutelは、おしゃれな外国語のように聞こえる「Nutel」は、渡邊の出身地である関西圏の方言「縫うてる」が語源。

Instagram @nutel_eri

帆布工場に流れる普遍の時。
中川正子写真集『An Ordinary Day』

透き通るような空気感、飛び散る光の粒子。独自の世界観で多くの目を惹きつけるフォトグラファー、中川正子。あくまでも写真表現を基軸にしつつも、執筆や自身のアトリエでの企画展示、クリエイターとの協業など、躍進はとどまるところを知らない。

そんな中川が新たな写真集『An Ordinary Day』を発刊する。これまでに出産を機に発表した『新世界』、震災を機に東京を離れたときにつくった『IMMIGRANTS』など、プライベートなできごとをきっかけに作品集を発表してきた中川が、今回撮影の舞台にしたのは岡山県倉敷市にある古い織物工場だった。

倉敷は江戸時代にはじまった綿花の栽培をきっかけに木綿織物が発展。さらに香川の金刀比毘羅との「両参り」で知られる由加神社本宮詣の土産物として丈夫な真田紐なども生まれ、近代以降ではデニムや制服など、さまざまなジャンルの織物文化へと進化した土地だ。

2011年に家族とともに東京から岡山に移住した中川正子だったが、地元に多くの紡績会社があることを知りつつ、触れ合うきっかけもないまま時が過ぎていた。そんなあるとき、135年の歴史を持つ帆布生地の老舗、倉敷帆布から「工場に遊びにきませんか」と連絡を受けた。

何気ない気持ちで訪れた中川だったが、昔ながらのものづくりを現代に受け継ぐ現場が持つ特別な雰囲気に圧倒される。北向きののこぎり屋根からこぼれる光、ボビンから室内に張り巡らされた巨大なクモの巣のような糸の群れ、爆音をたてながら織り機のなかを忙しく往復するシャトル、雪が蓄えた山脈のように幾重にも積まれている帆布。工場で働く人々にとっては「いつもどおり」の景色が、中川正子の目にはまた違う美しいきらめきのように映った。

「およそ歴史と呼ばれるものは、日々の些細なことが連綿とつながった集積なのだろう。ここに確かに生きた人々がいる。 それぞれの毎日の喜びも、葛藤も、退屈も、情熱も。年表には決して載らない呼び名のつかないできごとや思いが、 静かにそこにある」

そんな感覚を抱きながら、中川は無心でシャッターを押し続けた。

工場で撮り下ろした膨大な写真から厳選した100枚を一冊まとめたのが、今回発表する写真集『An Ordinary Day』だ。工場の普通の一日、帆布が淡々と織られる様子をとらえているが、中川の視線の先には、世代を超えた家族の肖像、職人が手先で交わす会話、まるで泣きじゃくる子供ようにうなる機械、うねる帆布が醸し出す温もりが見えているようで、普遍的な情景からいくつもの物語が生まれているようにさえ思える。

デザインは、アートディレクターの飯田将平が担当。手に取った瞬間に指先から何かを感じ取ってほしいと、帆布独自の風合いを彷彿とさせる造本計画を展開した。

写真集の発刊は、8月に開催される「BaBaBa Summer Market」で先行発売。同時にクラウドファンディングでスタートする予定だ。

  • Text: Hisashi Ikai

中川正子[Masako Nakagawa]

津田塾大学在学中に留学したカリフォルニアで写真と出合う。ありふれた日常のなかに存在する美しい風景を、独自の光の粒子と視点で捉える。東京を拠点に広告や雑誌を手掛けていたが、2011年に岡山に移住。写真のみならず、展示の企画や文筆など、多様な表現で常に進化を続ける。主な写真集に『新世界』『IMMIGRANTS』『ダレオド』『Rippling』など。

https://masakonakagawa.com

日記を綴るように、コラージュする。
Shohei Yoshida Exhibition『KASABUTA』

アートディレクターとしての活動の傍らで、コラージュ作品を作り続けている吉田昌平。9年ぶりにシリーズ『KASABUTA』を発表する吉田に、コラージュを続ける意味を聞いた。

「つくっているときに見える、余白や間が好きなんですよね」

第一線で数々のデザインワークを手掛ける一方で、紙を細かく切り刻んでは、貼り付けながら再構成していくコラージュ作品をつくっている吉田昌平は、ぽつりとつぶやく。

吉田にとって、コラージュは日常の行為の一つ。何気なく起こったことを綴っておく、日記のような存在だとも話す。身近にあったもの、たとえば古い雑誌やパッケージなど、家のなかにころがっているものを集めては、好きな形に切り貼りしていく。

「紙という素材と、切り貼りする行為がとにかく好き。偶然を楽しみながら、切り貼りでどんどん形をつくっていく。偶然なのか、必然なのか。その隙間みたいなところを楽しんでいる自分もいます」

過去の作品集のなかで、森山大道の写真集を題材にした『Shinjuku Collage』や、写真家の本多康司とシベリア鉄道で旅するなかでつくった『Trans-Siberian Railway』を除けば、普段のコラージュ作品にはテーマもルールもない。

「キャンバスに油彩を描いている画家が、ラフデッサンで習作を重ねる。コラージュの制作は、そんな感じにも似ているのかもしれません。あくまでも感覚的につくっているので、その日あったできごとにも影響されやすいんですよ」

このように無意識のなかでつくった一連の作品を吉田は「KASABUTA」と呼んでおり、展覧会として発表するのは2013年以来9年ぶりとなる。

「これまではA5サイズで仕上げることが多かったのですが、今回はB2サイズと大判。いつもとは全く違う大きさなので、制作の感触も、全体を見た時の印象も大きく異なります。さらに初めての立体作品にも挑戦してみました」

どんどん進化していく吉田昌平のコラージュ作品。これまでにはないサイズ、フォルムの作品群を前に、どのような感覚、感情が現れるのだろうか。

7月1日からスタートする展覧会では、平面9点に加え、モビールをはじめとして立体も数点展示される予定だ。

  • Text: Hisashi Ikai

吉田昌平展覧会「KASABUTA」

202271日~724

13時~19時 月曜休

会場:Roll 東京都新宿区揚場町2-12  セントラルコーポラス105号室

080-4339-494913時~19時)

https://yf-vg.com/roll.html

吉田昌平[Shohei Yoshida]

桑沢デザイン研究所卒業後、中村圭介率いるナカムラグラフを経て2016年に独立。「白い立体」を設立する。ロゴ制作、タイポグラフィーから雑誌、書籍、展覧会ビジュアル、パッケージなどを手がける。一方で、紙を素材の中心としたコラージュ作品を制作し、発表している。これまでの作品集に『KASABUTA』(2013 年)、『Shinjuku Collage』(2017年)、『Trans-Siberian Railway』(2021年)など。

Instagram @heiyoshida

http://www.shiroi-rittai.com

現代デザインの考え方とつくり方。/we+

物事の裏に潜む背景を丁寧に拾い出し、リサーチと実験から次なるビジョンを追求するコンテンポラリーデザインスタジオ、we+(ウィープラス)。自主プロジェクトを次々に起こし、拡張することを止めない彼らの原動力はどこから生まれたのか。

瞬時に人々の興味をそそる美しい形を生み出すことこそが、デザインの真髄だと信じている人は多い。しかし、これほど世の中が大量のもので溢れ、価値観がどんどん多様化していくなかで、私たちはデザイナーに何を託せばいいのだろう。

「僕たちが社会に出た頃、時代は就職氷河期の真っ只中。世の中はなんとも言えない閉塞感に包まれていました。デザイン界には、偉大な先輩方が築いてきたメインストリームがある一方で、未熟な自分たちは最初からレールから外れたイレギュラーな存在。見通しが立たないなかでも、試行錯誤しながら自分たちのポジションを意図的に設計していく必要があったんです」

自然現象をテーマにしたNature Studyから、今春発表した最新プロジェクトの「MIST」。
言語、科学、物理など、多角的な視点から“霧”を探り、そのふるまいをインスタレーションで表現した。

近代デザインが大量生産&大量消費という社会経済システムのなかで大きく成長したとするならば、持続可能な社会を目指す現代では、モノを取り巻く環境、社会のあり方を改めて検証し、これからの世界に本当に必要な事象へと変えていかなければならない。そう感じていた林登志也と安藤北斗はwe+を設立してすぐに、独自の手法で新しいデザインのあり方を模索し始めた。

「『これをつくろう』ではなく、『これはなんだろう?』『何のためにこうなっているのか?』という疑問提起からすべてが始まります。調査、実験を繰り返すなかで、時には自分を疑い、違う視点から状況を見直すなどして、目的の設定を何度も確認し合う。手間が多く、遠回りをした分、より多様で柔軟性をもった考えや解像度の高いビジョンが生まれてくるように思えるんです」

2014年にミラノサローネ・サテリテで発表した「MOMETum」。超撥水加工を施した天板の上を、水滴の群れが動き続ける。
水のかたまりが次々にかたちを変えていく様子をただ見つめているだけで、不思議と感覚が動き始める。
(クリエイティブ・コレクティブKAPPES名義による制作)

禅問答にも似たプロセスを行き来していると、本来の目的を見失ってしまう可能性もある。それを回避し、より思考をクリアにしていくために彼らが取り入れたユニークな手法は、「we+さん」というもう一つの人格を設定することだった。

「『we+さん』という第三者的視点から自分たちの言動を俯瞰してみる。『we+さんだったらどう考えるだろう?』とか『これはwe+さんっぽくないよね』など、フラットな視点で意見交換をしているとプロジェクトの軸が明確になり、さらなる疑問や興味が湧いて、アウトプットの仕方ももっと増えてくる」

磁力によって細かな鉄線が構造体に密着し、複雑なフォルムを形成する「Swarm」と
乾燥による土の割れや風化した岩石を彷彿とさせる「Drought」。

既存の枠に収まらず、ぐんぐんと活動領域を広げていくwe+は、現在、そしてこれからの我々にとって、物語を語り継ぐ感覚こそが大切だと話す。

「古代の逸話が何世紀もの時代を超えて神話として語り継がれていくように、物語を紡いでいけば、より持続する世界を目指すことができる。単に新しいデザインができましたというニュースではなく、どうしてそのプロジェクトが生まれたのか、なぜいまの社会に必要なのか、誰がどのようにつくったのかなど、誕生に関わった人々の想いを丁寧に拾い、繋いでいけば、気持ちにすとんとおさまるものが生み出せる気がしています」

道なき道をかき分け、突き進んでいくwe+。見方によっては、その歩みはとてもゆっくりとしたものに思えるかもしれない。それでも彼らが一歩ずつ丁寧に踏みしめた場所には、後に同じ所を通る人が迷ったり、間違った道を進まないような確実な足跡が残っているような気がする。


次々に店舗がつくられては壊される商業施設で生まれる廃材やサンプル材を現場で粉砕し、新たな素材・建材に再生する「LINK」。
捨てられる運命だった素材に、場の記憶をつなぐ装置としての新しい生命を与えていく。

次々に店舗がつくられては壊される商業施設で生まれる廃材やサンプル材を現場で粉砕し、新たな素材・建材に再生する「LINK」。捨てられる運命だった素材に、場の記憶をつなぐ装置としての新しい生命を与えていく。

  • photo: Masayuki Hayashi
  • text: Hisashi Ikai

we+[ウィープラス]

林登志也と安藤北斗が2013年に設立したコンテンポラリーデザインスタジオ。独自のリサーチと実験をベースに、これまでにない新たな方向から、産業やテクノロジーのあり方、自然との共存を目指す表現を目指す。R&Dやインスタレーション等のコミッションワーク、ブランディング、プロダクト開発、空間デザイン、グラフィックデザインなど、幅広い領域で活動を続ける。

https://weplus.jp

写真と印刷の境界に広がる、
表現の無限性。

写真家の三部正博と印刷ディレクションを行うパピエラボの江藤公昭が、展覧展「PRINT MATTERS」に求めたものは何か。写真、印刷の表現領域とはなにか。2人に聞いた。

フィルムで撮影した像を印画紙に焼き付ける写真と、版面にインクを塗布して紙に写しとる印刷。同じ「プリント」という工程を持ちながらも、その手法、表現は大きく異なる。

似て非なる存在の写真と印刷、それぞれの分野で活躍する三部正博と江藤公昭が初めて協働したのは、2009年のことだった。

「年賀状用のポストカードを江藤さんに作ってもらおうと相談に伺ったのがきっかけ。それからプライベートでも頻繁に会っていますが、年に一度のポストカードづくりは、いまだに続く年末の恒例行事になっています」

軽やかに話す三部に対し、江藤も笑いながらこう加える。

「三部くんとの制作は、毎回とても難解になってしまうんですよ。活版印刷はインクが乾きにくいため、一日で刷る通常1色。それを4色、5色掛け合わせたいとなる。印刷所の人にしてみても、たぶんパピエラボがお願いしている仕事のなかで一番面倒な内容じゃないかなって思っちゃいます。でもその度に、先代の社長は『また今年も来たのかよ!』と大声を上げながらも、なぜかニコニコと嬉しそうでした」

無理難題とも思えるプランが職人魂をくすぐり、予想をはるかに超えた結果をもたらす。毎年多様なトライアルを重ねてきた2人が、元印刷所だったBaBaBaの存在を知った時に、また新たな挑戦を重ねてみるのも面白いと思ったのは、ごく自然なことかもしれない。

本展は、三部がここ数年撮り続けているランドスケープ写真を、江藤のディレクションによって、さまざまな印刷手法によって多様に表現してみるというもの。ユニークなのは、写真も印刷もより高解像度、高精細を目指す方向にある時流に逆らうように、写真を表現するのに最適とは言えない手法を敢えて用いている点だ。

「写真をきれいに表現する方法はもちろんありますが、僕が面白いと思うのは、印刷によって可能な表現を、到達点が見えない状態から探ること。三部君とやりとりしていると、敢えて想定できないことにチャレンジしたいと思えるんですよね」

活版印刷、リソグラフ印刷、シルクスクリーン印刷という異なる工程を掛け合わせ再現された三部の風景写真。モノクロで再現したシルクスクリーン印刷の作品は、光と影が際立つ切り絵のようでもあり、リソグラフ印刷で仕上げたものは、絶妙なドットがブラウン管で見た映像のようにも見える。その一点一点がまったく異なる表情を纏っており、見るもの想像力を巧みに掻き立てる。

「何をきれいだと思うかは、人それぞれですし、環境によっても大きく変化するもの。僕自身は自分の感覚に限界を設けず、常に超えていきたい。それを他者の力、印刷の可能性を借りて飛び越えていけるのは、ワクワクします。江藤さんや印刷所の方々が、トライアルそのものを楽しんでいる様子を見ているのも刺激的でしたね」(三部)

「印圧やインクの量を紙ごとに変えられる活版印刷の特性を生かすために、古道具屋や紙問屋の倉庫に眠っていたデッドストックの和紙や、包装などに使う半透明で光沢のあるグラシン紙のなど、多様な用紙をセレクト。印刷手法の違いだけでなく、職人の感覚と熱量は仕上がりに大きな影響を与えるもの。今回のトライアルは、印刷を通じて人の多様性や感性の奥深さに改めて触れたような気がします」(江藤)

会場には、10種の写真を3通りの手法で印刷物に仕上げた作品のほか、三部正博のオリジナルプリントも展示。正統な写真表現と、そこから大きく飛躍した印刷表現のはざまを行き来しているうちに、また感覚の渦がぐるりと動く気がした。

三部正博[Masahiro Sambe]

写真家。1983 年東京都生まれ。泊昭雄氏に師事後、2006 年に独立。主に静物、 ポートレート、ファッションを被写体として、広告、雑誌、カタログなどの分野 で活動する。近年、ライフワークとしてランドスケープを撮り続けている。

http://3be.in/ 

パピエラボ[PAPIER LABO. ]

「紙と紙にまつわること」をテーマに 2007 年に開店。好みと縁を頼りに世界中 から集めるプロダクトやオリジナルプロダクトを取り扱う。印刷物やロゴなどのデザインや、活版印刷をはじめとした印刷、紙加工のディレクションも行う。

http://www.papierlabo.com/

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