オンラインとオフラインのあいだにあるもの。
BaBaBa Market

2月26日~27日に開催した「BaBaBa Market」。これまでウェブジャーナルで紹介したクリエイターの作品を一堂に集め、オンサイトで紹介するという試みで見えてきた「オン/オフの共存の可能性」とは。

 高田馬場にあるケーススタディスタジオと連動しながらも、一方で独立したメディアとしてBaBaBaウェブジャーナルでは独自に多様なタイプのクリエイターを取材してきた。春の気配を感じるうららかな週末に開催した「BaBaBa Market」には、これまでウェブジャーナルで紹介した7組の作品が集結した。

見慣れたモノのフォルムを抽象的に切り取りながら、木でさまざまなオブジェをつくる西本良太は、代表作であるアイスキャンディーやリンゴのほか、ダルマやクリスマスツリーを展示。ポップさのなかにオリジナル愛嬌を感じさせる有機的なフォルムの木製パーツを内部に埋め込んだ磁石で接続するオブジェと手掛ける嘉手納重広の作品は、その絶妙なバランスと自由な動きに人々の視線が集まる。

独特のタッチで幻想的な世界を描き出すフィンランド在住のテキスタイルデザイナーの星佐和子は、人気のモチーフをポストカードや手鏡といった身近なアイテムに写したプロダクトを展開。アーティストの飯川雄大は、人気のキャラクター「猫の小林さん」が描かれたバッジやステッカーが話題に。過去の展覧会用につくられた小作品は展示直後に売約済となる人気ぶりだった。

香りのアーティスト和泉侃は、パーソナルケアブランド「SOJYU」のほか、「wa/ter」のインセンスなどを紹介。さらにタイルの一大産地、岐阜県多治見で生産したタイルを一枚から販売するプロジェクト、TILE KIOSKには、著名デザイナーが手がけたタイルも並ぶ。タイルを単体で見ると発想も豊かになるようで、コースターやペン立ての代わりに使いたいと意見も聞こえた。

そして、クヌギの葉を折った作品「ORIHA」を展開するアーティスト、渡邊義紘。最近発刊したばかりの作品集とともに、ORIHAの作品20点を展示。作品が醸し出す豊かな表情と圧倒的な創作力に子供から大人までが釘付けになっていた。押し寿司のfuu fuu fuuと、生花のLANDも特別出展し、彩りを添えてくれた。

会場に2日間立って感じたこと。これまでジャーナルですべての作家に取材してきただけに、作品解説はお手のものと思っていたが、来場者が繰り出す率直な意見に驚いたり、戸惑ったりすることも。改めて疑問に感じ、作家にもう一度聞いてみなければなんてことも出てくる。

オンラインの情報は即効性があり、自由に出し入れしたり、入れ替えができて便利だが、対象者の反応が見えづらく、一方的な情報提示にもなりかねない。一方で、オフラインは、直接の交流で深い認識を生み出す一方、時間や場所の制約を受けるため、物事の順序やバランスを慎重に考える必要がある。

オンライン/オフライン両者のメリット、デメリットを把握した上で、互いの特性を生かしつつ、正しい温度感とタイミングで情報を作り、届ける。BaBaBaの活動はそんな可能性を秘めているのではないかと、改めて感じた2日間だった。

10代のリアルな表現に触れる。
DTC CREATIVE SESSION 2022

「渋谷の若者」が持つポテンシャルとは。自由な思考、発想をうながすワークショップから生まれた表現を体感できるイベントが代官山でスタートした。

自身が持つ無限の可能性に、子どもたちはどのように気付き、開花させていくのか。そんなきっかけづくりをしているのが、渋谷区に在住、在学する小学生~18歳以下を中心に、25歳までの学生を対象としたさまざまなワークショップを開催する「代官山ティーンズクリエイティブ」だ。この活動では、各分野のクリエイターと交流を中心に、参加者が自発的に可能性を見出し、自身の未来を切り開いていくことを目指し、アートスクールをはじめとした、多様な取り組みに挑んでいる。

河原凜のロゴデザイン

その活動内容を広く一般に知ってもらうイベントが、現在開催中の「DTC CREATIVE SESSION 2022」。今回は、メインビジュアルを小学生のカワムラスオ、ロゴデザインを中学生の河原凜が担当。 “ラブレター”をテーマに、子どもたちの熱い思いを、形にして発表していく。

イギリスのティーンと取り組む建築プログラムをはじめ、フリースタイルのパフォーマンス、映像作品、サウンドインスタレーションなど、オリジナリティあふれる作品群が会場に並ぶほか、現場で活躍するクリエイターによる音楽、アート、ダンスのワークショップも開催。また、時流を鑑み、会場に気軽に足を運べない人、遠方に住む人でも気軽に参加できるようにと、オンラインイベントもいくつか用意している。

本展は誰でも来場可能。10年後、20年後の世界を切り開くかもしれない、現在のリアルな表現を体感してみてほしい。

OLAibi サウンドチェーン Special Live Workshop
イギリスと日本の子どもたちが建築をテーマに交流する「DTC建築ラボ」
クリエイターとティーンズのコラボパフォーマンス「10年後の未来のあなたへ」

  • Text: Hisashi Ikai

DTC CREATIVE SESSION 2022

202232()331()

火曜、第3日曜休み

13時~20時、土曜1030分~20時、日祝1030分~18

協力クリエイター:

細井美裕、イトウユウヤ、密林東京、いづみれいな、OLAibi 、Kazane、MINORほか

代官山ティーンズ・クリエイティブ

東京都渋谷区代官山町7-9 4F

https://daikanyama-tc.com/creativesession2022/

70度の傾斜は、もてなしの表し。〈TEN TEN TEN〉。

東京を拠点に、国内外で多彩なデザインプロジェクトを手がけるグエナエル・ニコラ。新プロジェクト〈TEN TEN TEN〉のシンプルな形に込めた、プロダクトの価値とデザインの可能性とは。

 研ぎ澄まされた感覚と泉のように生まれるアイデアを巧みに紡ぎ、世界のラグジュアリーブランドや高級ホテルのインテリアから、家具、そして香水のボトルにいたるまで、グエナエル・ニコラの活動はとどまるところを知らない。

 あるマンションのリノベーションプロジェクトでは、空間のみならず、そこに置かれるさまざまなアイテムも一つひとつデザイン。そのなかから生まれたのがこの〈TEN TEN TEN〉だ。

「通常ならば、特定の機能や目的に沿うかたちでデザインを整えていくのですが、このプロジェクトでは、すべてのアイテムを同じ概念から発展させることからスタートしました」

 京都・西陣織の老舗「細尾」を筆頭に、日本のものづくりの骨幹を支えるトップの職人、メーカーと協業し、完成した12のアイテム。コップ、茶筒、茶びつ、ワインクーラーなど、それぞれ異なる機能、役割を持つプロダクトが、すべて同じ70度に傾斜した円筒形で統一されている。

ワインクーラー[中川木工芸 / 中川周士]
籠[金網つじ / 辻 徹]
菓子器[西村圭功漆工房]

この傾斜角は、ものと対峙したときに、無理して覗き込もうとせずとも、自然に中身が見える角度。ものと人との関わり方を意識した、もてなしの気持ちの表れとも呼べる形だ。

既成概念から大胆に逸脱しながらも、素材の特性やものづくりのプロセスを新たな視点から再検討。個々のプロダクトに関連を持たせつつ、インテリアと融合する美しい風景を作り出していった。

 一旦完成に辿り着いたプランだが、グエナエル・ニコラは手を緩めることなく、さらにアイデアを拡張。各メーカーと話し合いを重ねながら、一般にも販売可能なプロダクトとしてプロジェクトを継続することとなった。その第一弾として、3月4日に、ガラスメーカーのSghrスガハラからグラスセットが販売となる。

TEN TEN TEN タンブラー / ロックグラス[Sghrスガハラ]

「これまではクライアントから依頼を受けてデザインを考えることが当たり前でしたが、デザインをサービスのように提供するだけでは不十分。クライアントととともに歩み、好奇心を掻き立て合うことで、より刺激的な時代を作り出すことができる。この〈TEN TEN TEN〉では、一つのデザインソースを多様に活用しながら、これまでにない新しいプロダクト、そして感覚が生まれることを目指したいです」

 今後も多様なメーカーや職人とコラボレーションを重ね、さらに多くのコレクションを発表したいと考えている。

  • Text: Hisashi Ikai

グエナエル・ニコラ[Gwenael Nicolas ]

1966年フランス生まれ。パリのE.S.A.G.でインテリアデザインを専攻後、ロンドンのR.C.A.でインダストリアルデザインの修士号を取得。1991年に来日し、98CURIOSITYを設立。ドルチェ&ガッバーナ、フェンディの店舗デザインをはじめ、代表作に〈GINA SIX〉〈SEN RESORT〉など、幅広いデザイン活動を行う。

https://curiosity.jp

改変しながら探る、プロダクトの可能性。
「元木 大輔 / DDAA LAB Hackability of the Stool」

大量生産された普遍的なデザインに、ある特定の機能を付加することから見えてくる多様性とは。建築家、元木大輔がインスタグラムで発表したプロジェクトが、京都市京セラ美術館のリアル空間で新たな展開を見せる。

 建築家として多様なプロジェクトを手がける一方で、既存の素材やプロダクト、空間、環境を異なる視点から見つめ直し、新たな価値を模索していく元木大輔。彼の最新のプロジェクト「Hackability of the Stool」は、大量生産のもと世に普及するスツールにちょっとした機能を加えることで、プロダクトに個性的な表情と機能を与える、ユニークなプロジェクトだ。

 元木が目をつけたのは、20世紀のデザインアイコンとも呼べるフィンランド、アルテックの「スツール 60」。アルヴァ・アアルトがデザインしたのは、丸い座面にL – レッグと呼ばれる曲木の脚がついた極めてミニマムな形だ。

 元木は、最大公約数を目指すために削ぎ落とされたデザインに、あえてニッチでささやかな機能を付加。改変可能性を追求するため、スツール 60のほか、世に多く出回るリプロダクト(模造品)も取り入れながら、座面に穴を開けたり、ローラーをつけたり、持ち手を加えたりと、その発想は極めて自由だ。ほんの少し目線を変え、手を加えるだけで、これほどまでに多様なプロダクトの形が生まれることに驚かされる。

当初、インスタグラムのオンラインエキシビションとして発表したプロジェクトが、リアルスーペースを用いた展覧会へと発展。昨年の中国・杭州に続き、3月15日から6日間にわたり京都市京セラ美術館で開催される。本展では、アルテックの協力も仰ぎ、100脚のスツール 60をそれぞれに改変。柔軟な発想から、拡張可能性の魅力を探っていく。

  • Text: Hisashi Ikai
  • Photo: Kenta Hasegawa

元木大輔[もとぎだいすけ]

1981年埼玉県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、スキーマ建築計画に入所。2010年独立し、DDAAを設立。2019年リサーチとプロトタイピングを行うDDAA LABを設立。主な著書に『工夫の連続 ストレンジDIYマニュアル』(晶文社)など。2021年第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展参加。

http://www.dskmtg.com

「元木 大輔 / DDAA LAB Hackability of the Stool」展

会期:2022315日(火) ~ 320日(日)

会場:京都市京セラ美術館 光の広間

606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124

開館時間:10:0018:00

入場料:無料

主催:DDAA LAB

問い合わせ:mail@dskmtg.com

*展覧会に先駆け、221日にプロジェクトブック『Hackability of the Stool スツールの改変可能性』(刊:建築の建築、5,000円+税)も発売される。

https://kyotocity-kyocera.museum

時空を映す、安齊賢太の黒。

福島県郡山市の工房で作陶を続ける安齊賢太。ひと目では陶器と判別できない、不思議な質感を持つ黒いうつわをつくる理由は。安齊のもとを訪ねた。

 うっすらと雪が残る寒い冬の日に訪れた郡山。安齊賢太が一人黙々と作品づくりと向き合う工房のなかは、作陶に必要な道具以外、無駄なものはなにも置かれていない、整然とした凛とした空気が漂う。創作に没頭するなかでも、常に世界は流転し、変化を続けている。たゆたう時間のなかで、微細な心の動きを感じ取りたい。そんな気持ちが安齊の気持ちをかりたて、空間を整えさせているのだ。

 手先は器用で、DIYで工作することは好きだったが、美術や工芸とはまったくかけはなれた生活を送っていた安齊。大学では経済を専攻。卒業後は、サラリーマンとして企業に勤めていた。

「生活は安定しているし、リスクもない。可もなく不可もなしという楽な方法論ばかりを選んでいた僕でしたが、急に『これがこのままずっと続くのか』と考えた瞬間、急に不安にかられたのです。やりたいことをやるならいましかない。とりあえず好きだったものづくりに目を向けてみようと決めたのが、京都の伝統工芸専門校(現在の京都伝統工芸大学校)に入ることでした」

 とことん基礎を学び、卒業後は生きた陶芸に触れようと渡英。白磁を手がけるダニエル・スミスのもとで1年。帰国後は、現代陶芸の新しい扉を開いた黒田泰蔵に師事した。この2人のもとで安齊が学んだことは、技法よりも作家としてどのような姿勢を貫くかという、生き方そのものだったという。

「与えられたミッションをこなすのではなく、きっかけ、道すじ、結論もすべて自分で決めるというのが創作の本質。そこには自身の良いところも、悪いところもすべて露呈されます。作品に込めるのは、単なる技の上手さではなく、人間の精神そのもの。楽しいこともあれば、大変なこともある。時間や空間がたゆたうなかで、人の心もゆらいでいる様子をうつわに映したいと考えています」

 深く鈍い黒い光を纏う安齊のうつわは、まるで仏具や神器のようだともたとえられる。この独特の色彩は、独特の制作方法によって生まれるものだ。

「素焼きし黒化粧を施したうつわの土が焼きしまる直前、結晶化して間もない状態の時に、漆を練り込んだ土を表面に塗っては磨くプロセスを繰り返し施しています。8~10回ほど行うので、一つのうつわができあがるにはそれなりに時間がかかるのですが、最終的には生の土に似た、滑らかさと艶のある輝きが現れるんです」

 じっと眺めていると、その黒くぼんやりとした輝きの奥に、さまざまな景色が現れては消えていくような印象さえ覚える安齊賢太のうつわ。2月にSHOKEN IZUで開催する個展では、伊豆高原の穏やかな光と天井高のあるギャラリーの清廉な空間のなかで、安齊の作品が堪能できる。

  • Text: Hisasahi Ikai
  • Photo: Yuko Okoso

安齊賢太[あんざいけんた]

1980年福島県生まれ。大学卒業後、会社員を経て、2006年京都伝統工芸専門学校卒業。渡英し、ダニエル・スミスに、帰国後は伊豆にて黒田泰蔵に師事する。伊豆にて遊学。2010年に独立。福島県郡山市にて創作を続ける。

安齊賢太展

会期:2022226()33() 

会場時間:12時~17時 *完全予約制

ご予約時間:12時~、13時~、14時~、15時~、16時~

*作家在廊予定日:226()

会場:SHOKEN IZU

住所:静岡県伊東市富戸903-136

問い合わせ:SHOKEN inc.  TEL0467-23-7051

https://shoken.co

デコレータークラブ、兵庫に現る。

アーティスト、飯川雄大のライフワークでもある「デコレータークラブ」が、彼の出身地で活動の拠点でもある地元、兵庫県立美術館で新たに開催される。

昨年6月にも本サイトで紹介したアーティストの飯川雄大。人の認識の不確かさや社会で見過ごされがちな存在に注目する彼が、2007年から継続的に続けるシリーズ「デコレーターズクラブ」の最新作が、兵庫県立美術館で開催される。

今回のサブタイトルに入っている「メイクスペース、ユーズスペース」とは、幼い頃に通っていたサッカースクールで、パスを出す先がなく戸惑っているときにコーチが発していた言葉。プレーを止める前に、まず自分がフリーに動く場所を作り、そこを使えという意味。飯川はこの言葉をアーティストの態度にも共通すると捉えた。

飯川雄大 《デコレータークラブ 配置・調整・周遊》2018年  木材、塗料 サイズ可変
あまらぶアートラボA-Labの展示風景(2018)撮影:麥生田兵吾
飯川雄大《デコレータークラブ 配置・調整・周遊》2018年 木材、塗料 サイズ可変
あまらぶアートラボA-Labの展示風景(2018) 撮影:麥生田兵吾

「アーティストってたくさんいるし、すでに面白い作品や表現はたくさんある。だから作品を発表する機会があってもなくても、自分で場所やタイミングを作って、いつでもどこでも観客に“仕掛ける”ことができたらいい」

毎回このシリーズでは、会場の構造や動線と作品の構成が独自にリンクするサイトスペシフィックな手法が用いられているが、今回の会場となる安藤忠雄設計の兵庫県立美術館は多数のデッキや階段室が重なり合い、屋内と屋外が複層的に入り組んだ形としている特徴的な建築だ。本展で飯川がどのように会場と作品を連携させていくのかも楽しみたい。

飯川雄大 《デコレータークラブ —衝動とその周辺にあるもの》2016年
240枚の写真、木製の箱40点 450×350cm
塩屋東市民公園の展示風景(2016) 撮影:麥生田兵吾

飯川雄大 デコレータークラブ メイクスペース、ユーズスペース

会期:2022226() 327()
休館日:月曜日(ただし、321(月・祝)は開館、22()は休館)
開館時間:10時~18時(入場は1730分まで)
会場:ギャラリー棟1階 アトリエ1、館内各所
観覧料:無料

https://www.artm.pref.hyogo.jp

ゲストトーク

36日(日)

「じっくりゆっくり感じること」石津智大(関西大学文学部心理学科准教授)


3
12日(土)

「ガビンさんに分析されたい!」伊藤ガビン(編集者、京都精華大学メディア表現学部教授)


3
26日(土)

0人もしくは1人以上の観客に向けて」服部浩之(キュレーター)

各回ともに、14時~1530

会場:ミュージアムホール

入場無料、定員120名、当日先着順

スニーカーの記憶を辿る、新しいプロダクト。

書籍、広告、サイン計画など、グラフィックデザインを軸に活動するTAKAIYAMA inc.の山野英之が手がけたスニーカー「TOUN(トウン)」。時の流れからものづくりを読み解く、独自の手法とは。

日本の礎を築いた地として、国宝や世界遺産の認定も受ける建造物を現代に残す奈良。そんな奈良の隠れた名品に、雪駄や草履、革靴、靴下など、足元にまつわるものづくりがある。

「奈良は自分が生まれ育った、思い入れのある土地。そこから新しいプロダクトを発信するにあたり、改めて奈良や地域産業の本質的な魅力について考え直す必要がありました」

県北の大和郡山市に拠点を構える靴メーカー、オリエンタルシューズと、TOUNのプロデュースを手がける奈良県東吉野のOFFICE CAMPから相談を受けたのは、奈良県出身のデザイナー、山野英之。同じエリア内には専門メーカーが複数あるだけに、単に「奈良発」にフォーカスするのでは独自性がない。そこで山野が考えたのは、スニーカーそのものの歴史を紐解きながら、そこに同社ならではの技術力を掛け合わせていくことだった。

「奈良生まれだからといって、鹿をモチーフにするのはあまりにも安易だし、スニーカーだからといってハイテクを詰め込むのもオリエンタルシューズらしくはない。そこでまず手始めに、そもそもスニーカーはどのように発展したのかという系譜を読み解くことから始めたのです。靴とは元来、足を包み込む道具でした。そこからラバーソールを使い、滑り止め効果を高めたデッキシューズが生まれ、そして多機能な競技用スニーカーへと発展した。今回は、こうしたスニーカーの変遷のストーリーを3つに分け、一連のコレクションに展開。さらに、同社が得意とする革靴に近い作り方をスニーカーに転用しながら、クッション性と堅牢性の高いプロダクトに仕上げています」

こうして、靴紐を通す穴を示すアイレットの数を冠した「Three」「Five」「Seven」というコレクションが誕生。ファーストモデルにスモーキーなグリーン/ベージュの配色を施したことにも独自の理由がある。

「長く使ってもらうためには、スニーカーの存在をベーシックでニュートラルにする必要がありました。グリーンは自然豊かな奈良の風景をイメージするとともに、性別や年代に依らないジェンダーレスな存在であれば良いと考え、ベージュと合わせながらトーンを整えていきました」

 山野英之のベースは、あくまでもグラフィックであり、プロダクトデザインの経験は少ない。しかしながら、専門外だからこそ、メーカーが持つ経験値を別の観点から検証し、ストーリー性を持たせながら、シンプルでできる限りわかりやすい形に構築し直すことができたのだと語る。カラーの選定には、建築のサイン計画を手がけた経験も生かされた。

「広告や販促物を軸としたグラフィックの仕事とは違い、今回のプロジェクトは素材からものが作られていく様子から、市場で販売され、ユーザーの手に届くまでをリアルに体験したことで、デザインの重心をどこに置くべきか、ものづくりを手がけるメーカーとどのような関係を構築すべきかなど、新しい姿勢を考えるとても良い経験でした」

https://toun-nara.jp

  • Text: Hisashi Ikai

山野英之[やまのひでゆき]

1973年奈良県生まれ。97年京都工芸繊維大学大学院修士課程修了。groovisionsNANAを経て、2002年独立。2009年に高い山株式会社を設立。書籍、ブランドデザイン、サインなど、平面から空間まで幅広く活動している。また、個人名義で作品づくりや個展を開催。「クソバッジ」「B.C.G」「YAMANOMAX」「UHS-α」などを発表する。

http://takaiyama.jp/

島とともに生きる素直な宿。
──梅木屋

国生みの島としての歴史文化に加え、豊かな自然と食に恵まれた淡路島に、ちょうど良い心地よさを感じされる宿「梅木屋」はある。

淡路島中部西岸の五色町都志にある宿、梅木屋。2012年、東京からこの島に移住した北川太一郎さんが、妻の文乃さんとともに運営している個室が5つだけの小さな宿だ。

「僕は宿屋をやるつもりで淡路島に来ましたが、はじめは知り合いもいないし、土地の知識もありません。ここで農業に従事しながら、人々と交流していくなかで島のことを徐々に理解し、淡路島、そして自分にとってほど良いかたちの宿はなんだろうとゆっくり考えていきました」

元旅館を借り受け、梅木屋を始めたのは、北川さんが移住して7年後の2019年末。準備には時間を有したものの、その間に得たネットワークでリノベーションは有志とともに自分たちで行ったという。

島特有の豊かな食文化が島内の各所で楽しめ、温泉施設も豊富なことから、梅木屋の宿泊は素泊まりが基本。地元に根付いた生きた情報を梅木屋で聞きながら、島の時間を満喫。地元食材を購入して自炊したい人には、北川さんたちが使う大きなキッチンを共有してくれ、必要とあらば、料理上手な文乃さんが調理のサポートもしてくれる。

「もっといろんなサービスがここで提供できればとも思いますが、何しろ従業員は僕たち2人だけ。満足していただける内容をこなすには限界もありますから、そこは島の力を最大限に借りています。各所でお客さんが『梅木屋で聞いてきた』とおっしゃってくれるので、島の人たちとのコミュニケーションも密に。僕たちだけでなく、ここを訪れる方、迎え入れる人々、すべてが一緒になって状況をつくっているような気がしています」

近年、淡路島北部では開発も進み、さまざまな新しい施設が誕生しているが、梅木屋がある中部以南のエリアには、豊かな田園が広がり、ゆったりとした時間が流れる。

「観光が発展して宿が大きくなることよりも、どこか完成されていない隙間のようなものがあって、それを人と人の心地よいつながりで補っていければそれで良い。僕たちの子どもは、この島で生まれて、今年で4歳。僕たちがここで楽しく働いている姿を見ていれば、彼が大人になったときに『ここで育ってよかった』と思ってくれるはず。それが梅木屋にとっても、淡路島にとっても、幸せなかたちなんじゃないでしょうか」

この宿の魅力のもとは、北川さんたちの朗らかさと素直さ。自分たちの成長と日々の変化に合わせ、無理のない普遍的な時間が流れているからこそ、梅木屋はほど良い居心地の良さがあるのだろう。

心の通う場のつくり方。
──倉敷国際ホテル

目まぐるしく変化する観光ビジネスのなかで、開館当初の姿のまま、しかし決して古びることなく佇む岡山の倉敷国際ホテル。建築、しつらえ、もてなしの裏にある創業の理念とは。

運河沿いに白壁の蔵屋敷が並ぶ倉敷美観地区。最大の観光名所でもある大原美術館の真裏にある倉敷国際ホテルが完成したのは、1963年のこと。半世紀以上前に完成した施設ながら、倉敷らしい上品で洗練され空気と温もりのある居心地の良さで、変わらず愛され、リピーターが多いホテルとしても知られている。

このホテルの創業者は、倉敷のまちづくりに大きく貢献した大原孫三郎の長男、聰一郎。「倉敷にふさわしい近代的な都市型宿泊施設」を建設するにあたり相談をもちかけたのが、同じ年に生まれ、自身が経営する倉敷レーヨン(現在のクラレ)で関連施設の多くの設計を担当していた建築家の浦辺鎮太郎だった。

浦辺が總一郎と初代支配人の有森照彦とともに思考を巡らせたのは、いかに倉敷の美しい街並みに自然に溶け込む近代的なホテルのあり方だった。これを実現させるために、浦辺は街に対して圧迫感を与えないように、建物のファサード中央部を奥にセットバックしたコの字形に決定。さらに、外壁に微妙に角度をもたせながら淡いツートーンに塗り分けることで、周りを囲む白壁+瓦屋根の屋敷との相性の良い外観を完成させた。

館内各所に置かれたアートや工芸の数々も、来館者の気持ちを高揚させつつ、落ち着いた雰囲気をつくりだすための重要なファクターとなっている。ロビーから上階に空間が広がる吹き抜けには、總一郎の旧知の仲であり、世界に名を轟かせる版画家、棟方志功の作品『大世界の柵〈坤〉─人類より神々へ』をシンボリックに展示。舩木研兒・伸児(けんじ・しんじ)親子による陶板のほか、陶芸、織物といった工芸作品、床や壁のタイルにも趣向を凝ったあしらいを施している。

そして、何よりもこのホテル特有の居心地の良さは、ホテルスタッフの自然なもてなしの態度にある。これは大原總一郎が創業に向けて残した以下の文章が、今もホテルスタッフの心の拠りどころとなっているからだという。

「私は質素で健全で実質的で心の通ひ感情のこもった宿が望ましいと思う。卑屈なサービスで凡人を王様扱いにて甘心を求める様な宿は精神的に不潔で面白くない。便利で住み良いと言う事は心理摩擦がないという事であって、理屈に合はないサービスの過剰は却って心の重荷となる」(1953年、計画書『”An Inn with Pub” project at Kuranshiki』に寄せられた一文を原文のまま記載)

ホテルに訪れる人は、「特別な旅人」ではなく「大切な住人」。おだやかに、豊かに過ごす時間と空間を純粋に追求してきたからこそ、このホテルを訪れた誰しもが快く受け入れられたように感じるのかもしれない。

クヌギの葉から生まれる小さな世界。
渡邊義紘作品集『ORIHA』

熊本で“折り葉”を手がける渡邊義紘。アールブリュットを超えた、生命の表現が一冊の本にまとまった。

クヌギの葉を折りながらゾウ、トラ、ヒツジ、キリン、サルといったさまざまな生き物を表現する、折り葉アーティストの渡邊義紘。長さ10~15cmほどの細長く、葉先がギザギザしている自然のクヌギの葉はどれも不均一な形をしている。さらに扱うのは落ち葉なので乾燥の具合によって質感もそれぞれに異なる。そんな個性的なクヌギの葉でも、渡邊は手にするとわずか10分ほどで折り上げてしまうという。

幼少期に自閉症と診断される一方で、大好きな生き物たちの姿を切り絵や折り葉に映してきた渡邊。驚異的な造形力で13歳より作品を発表しはじめ、2018年以降は年数回のペースで展覧会に参加するなど、作家としてコンスタントに活動している。

渡邊の作品は緻密で繊細な手技に注目が集まりがちだが、それにもまして際立つのが、作品が放つ生命の躍動だ。同じ生き物を手がけたときにポーズが異なるのは当然で、ときに首ももたげて雄叫びをあげているようなものや、尻尾を高く振り上げていまにも駆け出しそうな姿勢を取っているものもいる。

これまで展示会で発表するにとどまっていた作品群をもっと広く見てもらおうと、作家の母の渡邊仁子が発起人となり、写真家·白木世志一が作品を撮り下ろし。作家のポートレイトや日常を織り交ぜながら作品集『ORIHA 渡邊義紘作品集』としてまとめた。

この作品集は、2021年12月23日より発売開始。美術評論家で東京藝術大学名誉教授を務める秋元雄史が序文を担当している。

  • Text: Hisashi Ikai
  • Photo: Yoshikazu Shiraki

渡邊義紘作品集『ORIHA』

80ページ 2,200

ISBN978-4-908313-80-6 C0072

発行:渡邊仁子

写真:白木世志一

文:坂本顕子

デザイン:内田直家

発売元:熊日出版

096-361-3274

https://www.kumanichi-sv.co.jp/books/zs

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