記憶と繋がり、感覚をふるわせる。
香りという言語。

淡路島を拠点に、アーティストとして活動する和泉侃(いずみかん)。環境と対話しながら、香りの世界を探求し続けるそのエネルギーの源とは。淡路のアトリエを訪ねた。

香水に限らず、ルームフレグランスからコスメに至るまで、香りにまつわる製品は次々に生み出されているが、和泉侃が作り出す世界観は、世間でいうところの「良い香り」とは、少し違う領域にあるように感じる。

「香りは相対的な感覚ではなく、あくまでも個々人の経験や記憶にすべて関連づけられるもの。単にいい匂いと感じて心地よくなるだけでなく、ある匂いをかいだ瞬間に別の記憶が蘇ってきたり、これまでに感じたことのないような感覚が出てきたりする。香りは身体感覚を研ぎ澄ませ、動物的な本能を蘇らせる鍵と言えるかもしれません」

調香師ではなくアーティストであると和泉が自認しているのは、このように香りが「感覚の蘇生」と直結していると信じているからだ。汗の匂いや蒸れたへそ、ピアスの穴の膿など、決して一般的には良い匂いのジャンルには属さずとも、人の心をくすぐり、繰り返し嗅いでしまうものもある。どんな匂いがどのように人に影響を与えるのか。何を原料にどのように調合していけば、その匂いに到達するのか。飽くなき好奇心を満足させるためには、自ら原料を探し、それらを生成できる環境に身を置かなければならない。生まれ育った東京を離れ、淡路島へと移ったのはそのためだ。

淡路の自然を見渡す小高い丘の上にある和泉のアトリエ「胚」。内装をデザイナーの柳原照弘が担当。Photo_ Yagi Yuna

「平安期の淡路は、朝廷に食料を納める御食国(みけつくに)の一つであり、現在でも食材の自給率はほぼ100%。この背景には、気候的特徴に豊かな植生があると思うんです。これまで僕が扱ったことのない素材を、とても新鮮な状態で手に入れられるので、ここにいれば一生勉強できる気がするんです」

とはいえ、和泉はいつもラボのなかに閉じこもって、研究ばかりをしているわけではない。全国を飛び回り、さまざまな店舗やイベントのためにシグニチャーの香りを開発、提案も積極的に行っている。

「企業や空間のために香りをつくるのは、ロゴデザインの感覚に似ているかもしれません。ロゴが企業の顔となり、その製品やサービスを思い出すように、記憶と直結する香りは、目に見えずとも力強いブランディングの要素なのです。単に香りの開発だけでなく、どのような瞬間、段階で、どれほどの香りを伝えるかも重要なので、空間の設計や匂いの拡散方法、空調のあり方など細かく考えていきます」

若手ながら着実にキャリアを重ねている和泉侃だが、これからの自身のあり方をどのように見据えているのだろう。

「人の身体感覚には無限の可能性があると信じているので、ゴールがどこにあるのかは分かりません。今は、年間300種以上の素材と取り組みながら、それらから得たものをどのように世に残し得ていけるのかを考えています。この地にいる限りは、新しいことが連続して起こる予感がしているので、経験を重ねていくだけです」

淡路が日本のグラース(フランスの香水の産地)のようになる夢を描きながら、和泉侃はこれからも香りを通じて、次なる感覚の蘇生を探求し続ける。

アトリエの土壁の原料には、淡路の植物と原土を混ぜたものを使用。空間にも独自の思想を散りばめている。Photo_ junpei iwamoto

  • Text: Hisashi Ikai

和泉 侃[Kan Izumi]

1991年東京都生まれ。2011年頃より、企業内で店舗やホテルなどのために香りを設計するプロジェクトに携わり、2015年作家として独立。インスタレーション、空間や製品の香りのデザイン、ディレクションを行う。2017年淡路島に移住。島の植生を研究しながら、独自に原料製造から、調香、製品づくりを行う。代表的な仕事にリーガロイヤルホテル(大阪)、誉田屋源兵衛、sunao(京都)など。

https://izumikan.jp

鈴⽊元が考える、美しさの定義。

次々に⽣まれるデザイン提案から、⼈々はどのように美意識を持ち、価値を感じ取っているのか。美の定義について、プロダクトデザイナーの鈴⽊元と考えてみた。

「特別な季節の⾏事や祭りごとなどを⽰すハレ、普段のあたりまえの状態を⽰すケ。⽇本の伝統的な世界観を表すこの『ハレとケ』に例えるならば、以前のデザインはハレの感覚を求めていたのに対し、いまは⽇常の背景を整えていくようなケの要素が強く求められているのではないでしょうか」

プロダクトデザイナーとして国内外の企業と数多くのプロジェクトを⾏なっている鈴⽊元だが、裏⽅的な⽴ち位置からものづくりに携わっていることが多い。

「外部デザイナーとしてメーカーと協業する意味は、特徴的な形を提供することではなく、あくまでも素直でフラットな感覚からそのモノの存在を⾒極めるため。デザインとは、作り手として様々な制約を引き受けながら、使い手の普通の感覚を持ち続けること。⽣活のなかに取り⼊れたときに⾃然な存在であるように、プロダクトだけにフォーカスしてデザインを考えるのではなく、敢えて視界の端の⽅に追いやり、全体をぼんやりと⾒つめている感覚に近いかもしれません」

昔から派⼿なこと、都会的なデザインよりも、柳宗理の活動に影響を受け、⽣活に根ざした地道なものづくりに従事するデザイナーになりたいと考えていたという。

「⼦供時代は、⼩⽯や⾙殻を集めるのが⼤好きで、河原や浜辺にでかけると何時間でもひたすら探していました。この頃から、なにかしら定義しきれない美しいものが好きだったように思います。美しさとは、見過ごしてしまうくらい自然なもの。そういったものの⽅が⾵景に馴染んで邪魔にならず、⻑年時間を共にすることができる。デザインも同様。トレンドに沿って変化を繰り返すのではなく、もっと⼈や環境との調和を⼤切に考えるべきものだと思うんです」

決してハレの気配を感じさせる特別なものを否定するものではないが、静かな日常こそを美しく底光りするものにしたい。そんな思いとともに、鈴⽊元はこれからの、暮らしの背景になるものを作り出していくのだろう。

  • Text : Hisashi Ikai
  • Photo: Gottingham

鈴⽊元[Gen Suzuki]

1975年⽣まれ。プロダクトデザイナー。⾦沢美術⼯芸⼤学卒業後、パナソニックを経て、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進む。IDEOロンドン、ボストンを経て、2014GEN SUZUKI STUDIO設⽴。Herman MillerCasper、オムロンをはじめとした国内外の企業と協働。多摩美術⼤学、武蔵野美術⼤学で教鞭を執るほか、D&AD賞審査員も務める。

https://www.gensuzuki.jp

6泊7日の列車旅が生むもの。
『Trans-Siberian Railway』本多康司&吉田昌平

ウラジオストクからロシアまで全長9,297kmをシベリア鉄道で旅した写真家の本多康司とアートディレクターの吉田昌平。車内で過ごした6泊7日を、それぞれが独自のクリエーションにまとめた。

飲みの席で交わした「シベリア鉄道に、一度乗ってみたいよね」という些細な会話。通常ならばその場限りで忘れてしまいそうなトピックだが、写真家の本多康司とアートディレクターの吉田昌平の2人のあいだでは、なぜか現実のものとなり、すぐに出発の準備を始めてしまった。

この会話から半年経った2019年の冬。2人は世界一の距離を走るシベリア鉄道に乗り込んだ。とにかく西に移動し続けることを目指し、特に車内で何をするのかは決めていなかったというが、唯一約束したのは一度出発したら、絶対に途中下車はしないこと。

「車内は狭くて窮屈ですし、お風呂もありません。ちょうど中間地点にバイカル湖などの観光地もありますから多くの人は途中下車してしまうんです。でも、僕たちは同じ車内に1週間居続けたらどうなるだろうという方に興味を持ってしまった」

2段ベッドが2つ入る個室は4名でシェア。車内にはネット環境がないので通信サービスを楽しむことはできず、移動は細長い通路と食堂車を行ったり来たりするくらいが限界。人によっては退屈で息が詰まりそうな環境だが、2人は旅のなかでこの状況を格好のクリエーションに転化していった。

写真家の本多は、日が昇るとすぐにカメラを持って通路に出て、日が暮れるまで車窓に映るさまざまな景色を撮影し続ける。

「列車は前に進み続けるものの、僕自身はほとんど動きが取れない。普段ならば自分が積極的に動いてフォーカスを捉えようとしますが、シベリア鉄道では寄りも引きもできない景色がものすごいスピードで目の前を過ぎていく。いつもとまったく異なる環境下で、動く景色の一瞬を捉えることはとても新鮮でした」

西に向かう列車の後方から太陽が現れ、まるで自分を追い越すかのように西の果てへ消えていく太陽や1日の光の移り変わりは、どこにでもある自然の摂理ながら、何日も繰り返し眺めていると、何者にも左右されない不思議な力強さすら感じたという。

一方で、吉田は当初客車のベッドにまどろみながら、本を読んだり昼寝をしたりというのんびりした時間を過ごしていたが、乗車前のウラジオストクやシベリア鉄道の車内で手に入れたレシートやチケット、紙片などを素材に、コラージュ作品をつくりはじめた。

「コラージュは昔から行っているのですが、今回の旅では自分で自由に素材を選べず、たまたま乗り合わせた乗客から譲ってもらうなど、人の親切に頼る部分もありましたし、小さなベッドの上での作業はいつもよりもラフで緻密さに欠けます。ですが、そこでしか醸し出せない現場の空気感が作品に見え隠れして面白いんです」

環境がつくり出す一定の制限・制御のなかで、いかに自身の感覚や感受性を素直に写すことができるかに挑んだ本多康司と吉田昌平。列車のなかでの創作をもとに、帰国後2人は個展を開催し、作品集も手がけた。

「今回の作品では、プリントの余白部分を多めに取り、列車内の限られた空間や車窓がフレームように見える様子を表現しています」

そう語る本多に続き、吉田もこの旅で感じ取った新たな創作の感触をこのように話す。

「自分にとってデザインの仕事は一定の縛りがあるなかでこなし、コラージュ作品は自由に任せていたところもありましたが、今回の創作はまさにその中間を行くような感覚。意図せずとも自然に導かれていく魅力的なものに気づいた気がします」

本作品は、2021年5月10日~29日まで、東京・渋谷のギャラリー(PLACE) by method にて『Trans-Siberian Railway』展で発表。
同時に作品集も発売した。

  • Text: Hisashi Ikai

本多康司[ほんだこうじ]

1979年愛知県生まれ、兵庫県育ち。熊本大学工学部を卒業。長野博文、泊昭雄に師事した後、2009年に独立。雑誌、広告などで活動をしながら、積極的に写真展を開催。作品集として『suomi』(2013年)『madori』(2017年)を発表している。

http://honda-koji.com

吉田昌平[よしだしょうへい]

1985年広島県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。ナカムラグラフを経て、2016年「白い立体」を設立。雑誌や書籍、展覧会ビジュアルを手がけるほか、アーティストとしてコラージュ作品を制作する。主な作品集に『KASABUTA』『ShinjukuCollage)』など。

http://www.shiroi-rittai.com

色で世界が広がる。
SPREADの個展がスタート。

色彩表現を巧みに引用しながら、新たなクリエーションを手がけるSPREADが待望の個展が東京・青山のスパイラル・ガーデンではじまった。

2020年初頭からの蔓延したパンデミックは、世界を陰鬱なムードに包み込んだ。さまざまに制御、制限がかかるなか、クリエイティユニットのSPREAD(スプレッド)も、昨春に予定していた個展の開催延期を余儀なくされた。

「目に見えない大きなものが迫ってきて、肩に重くのしかかる。自ら行動を起こさなければ、どこかに押し流されてしまう気がした」

そう語る彼らは、待機が続くなかでも意欲的に創作を継続。半年遅れての開催となった展覧会『SPREAD by SPREAD 明日は何色?』がいまスパイラルガーデンで開催されている。

スペースの特性を存分に生かしながら、大胆な手法で鮮やかな色の世界を表現しているSPREAD。独創的な発想とともに注目したいのはそれぞれの作品に使っている素材だ。活版印刷の紙片、工業用メッシュ、アルミパネルなど、どれも身近な存在ながら、意識的には見ることのないものばかり。普遍的な素材が鮮やかな色をまとった瞬間に、人々の意識を瞬時に捉え、思考と感覚を刺激する存在へと変化していく。

既存の概念を解き放ち、新しい目線で世の中を見る。そんなきっかけにもなりそうな、自由で清々しい空気感に包まれた展示だ。

  • Text: Hisashi Ikai

『SPREAD by SPREAD 明日は何色?』

20211027日~117()

11:0020:00 無休 入場無料

会場:Spiral Garden 

東京都港区南青山 5-6-23スパイラル1F 

https://www.spiral.co.jp

SPREAD[スプレッド]

東京を拠点に活動する山田春奈と小林弘和によるクリエイティブユニット。生活の記録をストライプ模様で示す作品「Life Stripe」を2004年から発表。以降、国内外で定期的に個展を開催する。主なプロジェクトに「燕三条 工場の祭典」「HARU stuck-on design;」「Dance Base Yokohama」など。

https://spread-web.jp

木工の意識が変わる、次世代デジファブ。

10月9日から、新しい展覧会「EMARFでつくる新しい生業─自分を解放するものづくり」がBaBaBaでスタートする。そもそも「EMARF」とは何なのか? 企画チームであるVUILDのアトリエを訪ねた。

 自分がいる環境をぐるり見まわすと、建築、家具、日用品にいたるまで、木でできたものが想像以上に多いことに改めて気づく。しかし、多くの人はその製品が、どのような過程を経てできたものか知らないのではないだろうか。

「日本には、古くから大工や指物など、精度の高い木工文化が伝わっていることも影響してか、木工は難しくて、ハードルが高いという意識が強い。そのため、デザイナーや建築家でも製造のことは現場任せで、方法論を知る人はあまりいません。こうした状況のなかで、僕たちは、デジタルテクノロジーの力をもって、こうした“ものづくりの壁”をどんどん壊していけないかと考えているのです」

そう語るのは本展を担当であるVUILD・EMARFチームのデザイナー、戸倉一(はじめ)さん。2017年に創業したVUILDは、デジタルツールを用いたデザイン・設計と、製造の現場をシームレスにつなぐプロジェクトを軸に活動を続けている建築スタートアップだ。

「製材工場や家具製造の現場では、『CNCミリングマシン』と呼ばれるコンピュータ制御で工作を行う機械が使われていますが、とても高額で、操作も煩雑なため、その利用・操作は一部の専門家に限られています。僕たちは、廉価な『ShopBot』というアメリカ製のCNCと一般的なデザインアプリケーションを連動させることで、『ネット印刷』のような感覚で、デザインに携わる誰しもが簡単に木のものづくりと触れ合えるようにしたいと考えているのです」

このオンラインで簡単にオーダーできる木のものづくりのクラウドサービスこそが「EMARF」だ。操作は明解で、ネット印刷や3Dプリンターなどのアプローチにも似ている。

「高度な工芸」or「単純なDIY」。二極に分断していた木工の世界にEMARFのようなサービスが登場することで、さまざまなタイプのクリエイターが参加し、これまで想像できなかったようなクリエイティブの可能性がどんどん生まれていくだろう。展覧会タイトルにある「新しい生業(なりわい)」とは、プロ/アマを問わず、発想さえあれば方法論を知らずとも形づくることができるという、新しいデザインアプローチのメタファーでもある。まずは、「この形を木でつくってみたいな」というアイデアを持って、展覧会場を気軽に訪れてみてほしい。

  • Text: Hisashi Ikai
  • Photo: Hayato Kurobe

VUILD

秋吉浩気が2017年に創業。デジタルファブリケーション&エンジニアリング、ソーシャルデザインを掛け合わせることで、分化している木工、木造建築、設計、製材などの垣根を取り払い、より広いものづくりの可能性を模索している。SHOPBOTの国内販売とEMARFの企画・運営も行う。

https://vuild.co.jp

「迷い、見つけ、近づく」。
酒井駒子展のつくりかた。

東京・立川のPLAY! MUSUEMで開催中の「みみをすますように 酒井駒子」展。京都在住のフランスの建築家デュオ、2m26が考えた、独自の展示デザインとは。

『よるくま』『金曜日の砂糖ちゃん』などで知られる絵本作家の酒井駒子が、初となる本格的な個展「みみをすますように 酒井駒子」を開催。およそ250点の原画を展示する会場には大小さまざな形をした木の塊のなかに絵が隠れていたり、黒い小屋のなかに入って絵の世界に没入するなど、ユニークな仕掛けが多数用意されている。

会場デザインを担当したのは、フランス出身で、京都で活動する建築家ユニット、2m26。

「酒井さんのアートワークは、美しい筆のタッチが表すマチエールと絵のなかにぐっと引きこまれる緊張感が特徴的。絵本を読むと、まるで大人に向かって話しかけているようにさえ感じる。この感覚を会場でそのままに表現してみようと思ったのです」

彼らがもっとも尊重したのは、作品と鑑賞者の距離感。タワー状の展示台は形も大きさもランダムにして、いろいろな角度、高さから鑑賞の鑑賞を促す一方で、渦巻状になっている会場の特性を利用して、曲面の壁は、一定の高さにフレームを展示した。

「来場は、会場を移動するたびに、酒井さんの絵を違う角度から見えるようにと、敢えて順路は設けませんでした。最初は森の中を彷徨っているような感覚を覚えるかもしれませんが、次第に慣れていくと、自分で一番心地よいと思える景色のところで時間を過ごすようになる。鑑賞者の積極性が自然と生まれるような空間を目指しました」

会場の什器やフレームはすべて木製だが、サイズや仕様は統一せず、会場を進むと支持体にもさまざまな見栄がかりがあることに気づく。いくつかの展示台は、大人には少し小さく、子供にはちょっと大きいという、不思議なサイズ感のモジュールで展開している。これも2m26が意図的にデザインしたもので、定型と不定形、整頓と不均一の中間域にあるものを模索することで、酒井駒子の作品をよく知るものでも、改めて新鮮な視点から鑑賞ができるようにしているという。

「素材に木を用いたのは、まるで手品のように、同じ部材からいろんな形や仕掛けをつくることができるから。木は廉価で頑丈な上に、解体&再生も繰り返しできるので、移動やシステムの組み替えにも最適。巡回することを前提に企画されている本展のセッティングとしては、それ以外の素材は考えられませんでした」

シンプルな素材、合理的な機能の掛け合わせでも、視点を違えることで新たな可能性が現れることを改めて学んだと語る2m26。彼らが日本を拠点に活動を続けるのも、同じ理由からかもしれない。

「フランスでは椅子に座った生活が基本であるのに対し、日本では椅子にも、床にも座ります。椅子から床に移動するだけで目線の高さが大きく変わり、空間が一気に縦に広がる。二人とも身長が180cm近くある大柄な私たちにとっては、この空間の新しい見えがかりは大きな発見でした。人、空間、そしてそこに漂う空気感をとても繊細に、そして独特の『間』をもって捉える日本で活動を続けられていることは、とても貴重な経験なのです」

  • Text: Hisashi Ikai
  • Photo: Fuminari Yoshitsugu

2m26

メラニー・エレスバクとセバスチャン・ルノーの2人建築デュオ。ともにフランス出身で、2015年に独立し、広島を経て、京都に活動の拠点を構える。シンプルな工程から、機能的かつ現代的な家具および建築のアプローチを試みる。現在、京都郊外に購入した茅葺の民家を、自らの手で改修している。

http://2m26.com

「みみをすますように 酒井駒子」展

1114日(日)まで。

平日10時~17時、休日10時~18時。無休

PLAY! MUSEUM

東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3

Tel. MUSEUM 042-518-9625

同展は、20211211日~2022130日@長島美術館(鹿児島)以降、関西を含む数会場を巡回予定。

https://play2020.jp/museum/

見逃す視点、見間違う感覚。

千葉市美術館で開催中の「つくりかけラボ04 飯川雄大 デコレータークラブ 0人または1人の観客に向けて」。会場にいる人の行動や認識を思わぬ方向へと転換させる、アーティストの独創的な発想の裏側を覗いた。

エレベーターホールの床に置きっぱなしになったスポーツバッグ。廊下から顔をちょこんと覗かせる巨大なピンクの猫。会場の入り口を塞いでいる巨大な茶色い壁。飯川雄大さんの展示は、一見なんの脈略のないように思えるのだが、実はそのすべてが、観客自身の観察眼や行為によって思いがけない展開が生まれるという共通点を持つ。

「たとえば行ったことがない場所や見たこともないモノの情報を、写真や文字だけで理解してようとしても限界があります。しかし、こうしたうまく伝えきれていないもどかしい状況も、現場にいると人は視点を変えたり、触れたりすることで、新たに情報が追加され、次第にクリアに理解を深め、感覚を擦り合わせていく。一般的な美術展では、作品を静かに鑑賞しながらこっそりと何かを感じ取っていくというのがよくあるけれど、僕の作品は観客の行為を誘発・強制したりするもの。来場者にあるタイミングで作品の一部になってもらう必要があるんです。少しわかりづらくて、勇気がいるかもしれませんが、すべて人が必ずしも同じ理解や感動を得ずとも、一人でも『あれ?』と気付いて、そこから作品が始まるのも面白いかなって」

冒頭写真=《デコレータークラブ−ピンクの猫の小林さん》撮影:飯川雄大
上写真=《デコレータークラブ−ベリーヘビーバッグ》撮影:飯川雄大

展示タイトルにもなっている「デコレータークラブ(Decorator Crab)」とは、天敵から身を守るために、環境下にあるさまざまなものを身に付けたカニのこと。カニ自身はただ擬態して捕食者から身をかわしているだけなのに、人はそれを装飾やもっと特別な意味があると捉える。こうした誤読や曲解は日常的にもよく起きている事象で、人間らしい自発的行動、自由な発想の現れとも言える。こうした視点の切り替えの原点は、飯川さんの少年時代に遡る。

「子供の頃、実家の部屋が6畳くらいだったんですが、ただ漠然とこれと同じ大きさのものが、部屋の中にあったら邪魔だなとか、大変だなと空想していました。その記憶は大人になってもたまに蘇ってきて、面白いなと思うようになったんです。作品を作るようになってからは、その状況や想像がなぜ興味をそそるのか。また、その感覚を共有するのはなぜ大変なんだろうと、理由を考えるようになったんです」

人は目の前のものからしか情報を取り込めず、見えない部分や把握できないことに対して不安になる。知ってるはずの自分の部屋のサイズや目の前のものが何か把握できないから想像したくなる。そんな仮説をもとに、目の前に見えているものとは違う現実と直面したとき、人はどのように反応するのかを飯川さんは作品から誘発している。

《デコレータークラブ−0人もしくは1人以上の観客に向けて》撮影:飯川雄大

冒頭で解説した展示作品群のなかで、巨大なピンクの猫は、かわいいからと写真を撮ろうとしても、どう頑張っても全身が写せないような設計に。また、置き去りになったバッグを忘れ物かと持ち上げようとしても、重すぎて容易に持ち上げることができず、通行を邪魔する大きな壁は実は可動式で、手で押すとどんどん奥へと下がっていく。目視だけでは判断できないものに満ちた空間のどこかに、人々は自分の力で新しい意識を見出していく。

多様な情報が瞬時に飛び交い、コミュニケーション過多と言われるほどの世の中でも、一方で思想の予定調和が起こりやすく、マイノリティの意見を大切に取り上げる風潮はいつまで経っても現れない。こうした社会に対するアンチテーゼも、少なからず飯川さんの作品には込められているのだ。

今回の千葉市美術館の作品のなかには、どうしても一人の力ではどのように機能しているのか確認できない作品があるというのもトピック。自分の行為がどのように作品に影響しているのか。一緒に来た人や、同じ時間に訪れている人々と相談しながら、鑑賞してみるのも面白いかもしれない。

  • Text: Hisashi Ikai

飯川雄大[いいかわたけひろ]

1981年兵庫県生まれ。2003年成安造形大学卒業。認識の不確かさにフォーカスしながら、作品と鑑賞者が能動的に関わり、新たな反応示す作品を手がける。インスタレーションのほか、映像、写真、イラストなど、その表現手法は多岐にわたる。六本木クロッシング2019、ヨコハマトレンナーレ2020に参加するほか、高松市美術館にて個展「デコレータークラブ 知覚を拒む」を開催。10月1日からすみだ向島EXPO2021に出品。今春には、兵庫県立美術館、国立国際美術館の展覧会に参加予定だ。

https://takehiroiikawa.tumblr.com/

つくりかけラボ04 飯川雄大 デコレータークラブ — 0人もしくは1人以上の観客に向けて

会期:2021714()103()

休館日:82()96()

開館時間 10001800(金土は~20:00)

入場料:無料

会場 千葉市美術館4階 子どもアトリエ

千葉市中央区中央3-10-8

TEL043-221-2311

https://www.ccma-net.jp/exhibitions/lab/21-7-14-10-3/

家具職人・鰤岡力也の仕事

インテリアだけでなく、店舗什器として扱われる椅子やカウンターといった家具も、店のコンセプトを伝える大切なツール。人気ショップを数多く担当する家具職人の鰤岡力也のデザインアプローチを聞いてみた。

「手伝ってくれる人はいますが、メインの作業は一人が基本。小さなアトリエであまり営業らしいこともしていないのに、仕事の依頼がもらえるのはありがたいですね」

190cm近い長身から長い手足をぶらりと伸ばしながら、穏やかな口調で話す鰤岡力也さん。話題の飲食店、ブティック、ショールームとコラボレーションを重ねながらも、鰤岡さんの仕事に対する姿勢はいたってマイペースだ。

独立以前は、輸入古材などを扱う「ギャラップ」で働いていたが、家具製作に関してはほぼ独学。いまだ徒弟制が残る家具工房出身の職人が多いなか、それでここまでキャリアを続けられるのは異例だとも言える。

「中学生のときにアメカジにはまって以来、いつも僕の興味の中心にはアメリカンカルチャーがありました。ギャラップ時代も、お店にやってくるのは『バックドロップ』や『プロペラ』といった渋谷・原宿の人気ショップ関係者など、肩の力が抜けたセンスの良い大人ばかり。そんな人々と交流を重ねているうちに、家具やインテリアのノウハウは知らずとも感覚がどんどん研ぎ澄まされていき、自分だったらはこうものが作りたいと強く思うようになったんです。でも今冷静になって考えると、あんなに無知だったのによく独立したと思いますよ」

ギャラップ卒業後は、カントリー家具店「Depot39」の天沼寿子さんや、美術家でデザイナーの吉谷博光さんなど、時代を切り開いてきたクリエイティブな先輩たちのサポートもあり、順調に経験を重ねていく。しかし、依頼をすべて受けていたら仕事が集中し、35~36歳の頃は、2日おきに徹夜するほど多忙を極めた。

「そんなとき父が突然他界したんです。人生いつ何が起こるか分からないことを実感しました。それまでお願いされていた仕事も十分楽しいものだったんですが、この出来事をきかっけに自分でやりたいに100%フォーカスしていようとシフトチェンジしたように思います」

その後、フォトグラファーの平野太呂さん、パドラーズコーヒーなどを運営する松島大介さん、建築事務所のすわ製作所など、鰤岡さんにさらなる刺激を与えるメンバーとの出会いから、次々に新しいプロジェクトが生まれた。

「技術的に優れた家具職人は数えきれないほどいます。でも僕にあるのは、空間全体の空気を読み解きながら、木工だけでなく金具や仕上げのディテールまでこだわり抜き、美しい風景を完成させたいという気持ちだけ。一人でできることには限りもありますが、規模小さくとも妥協のない空間をこれからも目指していきたいと思います」

既製品はほとんど使わず、小さな部材まですべてオリジナルで手がけていく鰤岡さん。プロジェクトが進行するほどに新しいアイデアが次々と現れ、空間を埋め尽くしていく。鰤岡さんの手がけたさまざまなショップを訪れ、家具や建具のディテールまで眺めてみるのも面白いかもしれない。

  • Text: Hisashi Ikai

鰤岡力也[ぶりおかりきや]

1976年東京都生まれ。「Gallap」「Depot39」を経て、2003年に独立。2010年自身のスタジオMobley Worksを設立する。以降、店舗の内装設計、家具製作を手がける一方で、オリジナル家具の企画・販売も行う。代表作に「Paddlers Coffee」「KITTE 旧東京中央郵便局長室」「松㐂」など。

https://www.mobley-works.com

記憶の連鎖から広がっていく風景。

日本からフィンランドに移住して13年。テキスタイルデザイナーでアーティストの星佐和子が創作の拠点を北欧の国に決めているのは、彼女なりの理由がある。

「フィンランドに暮らしていて、常に鮮明に感じているのは、自分の周囲にいる人たちとの距離感や関係性。私が外国人であることや、小さな子供を育てていることも少しは影響してくれるのかもしれませんが、周りの人が親切に振る舞ってくれます。でもそれでいて、適切なディスタンスがあり、決してお節介にはならない。それぞれのパーソナルスペースをしっかりと尊重しているように感じるのです」

 生まれも、育ちも東京という星さん。小さな頃から多くのモノと人に囲まれて生きてきた。出会いの可能性がたくさん存在する一方で、それがものすごい勢いで通り過ぎていく日常。数えきれないほどの情報を見聞きしているのに、アクションを起こさなければ何も感じ取ることができない。

「ここにいると、人間関係だけでなく、自分が何とつながっていて、何を大切だと思っているかを肌で感じ取ることができるんです。フィンランド人はあまり無駄な買い物をしないのですが、倹約家というよりも、それぞれが独自の感覚で本当に素敵だと納得するものにしか手を出さないからのような気がします」

 生活者のこだわりが強い分、デザインの役割も大切になる。北欧デザインにシンプルで簡潔な表現が多いのも、こうしたことが理由だろうと星さんは考察する。そんな星さんがデザインの核として捉えているのは、どのようなものなのだろうか。

「私のデザインは、決して見たままの景色を写し撮ったものではありません。フィンランドの冬はとても厳しく、その間あまり外にでることができない代わりに、夏のあいだはいろいろなところに出かけたり、旅をしたりします。訪れた土地で見た美しい風景を目に焼き付けながら、私はそこに漂っている匂いや頬にそよぐ風といった感覚までもどんどん記憶のなかに刻んでいくのです。創作の時が来ると、脳裏に目一杯に広がる記憶を辿り、独自の世界を再び巡っていきます。もしかしたらいま私が思い出している記憶は、また誰かの記憶とつながるかもしれない。そんな感情のゆらぎをも筆先に託して、描いているように思います」

幻想的なイメージのなかに隠されているのは、心の変化を細やかに捉える鋭敏な感覚。見るものも自らの経験や記憶と重ね合わせて、想像を広げられるからこそ、星さんの作品は多くのものの心を惹きつけるのだろう。

  • Text: Hisashi Ikai

星佐和子[ほしさわこ]

1986年東京都生まれ。武蔵野美術大学卒業後、2008年にフィンランドに移住。アアルト大学修士過程修了。以来フィンランドに拠点を構え、創作を続ける。テキスタイルデザインを軸に、MarimekkoSamujiUNIQLOなど、国内外のブランドと協働。今年オリジナルブランド「arkietti」を設立する。

http://www.sawakohoshi.com

星佐和子|展覧会情報

arkietti 1st exhibition 「alku
2021916日(木)~920日(月)
12:0018:00

TEGAMISHA GALLERY soel
東京都調布市下石原2-6-14 ラ・メゾン2
TEL. 042-444-5572

https://tegamisha.com

漂流物に投げかける自由な視線。

浜辺に流れ着く漂着物に新たな見立てを加え、オリジナルのアートワークを作り出すユニット、オートゥルノトゥルス。昨年末、活動の地を淡路島から沖縄に移した彼らは、いまどのような景色を見ているのだろう。

 大洋に面した海岸線には、流木、貝殻、サンゴといった自然物はもちろんのこと、ブイや魚網などの漁具、ペット飲料や洗剤ボトルなどのプラスチック容器といった人工物を含むさまざまな漂着物が流れ着く。こうした漂着物を拾い集めては、オリジナルの真鍮パーツと組み合わせ、美しいオブジェに仕立てていくオートゥルノトゥルスは、尾崎紅がデザインを考え、種村太樹が金工で仕上げていくアーティストユニットだ。

最初に収集を始めたのは、大学時代、沖縄を拠点にカヤックで全国を旅していた種村の方。浜に打ち上げられているさまざまな漂着物のなかでぱっと目に入ってくるものを、特に目的もなく拾い集めていたという。その頃、東京の美術大学に通っていた尾崎紅と出会い、尾崎が種村のコレクションを“新鮮なもの”に感じたところからクリエーションが始まる。

「一般には“海洋ごみ”と呼ばれる世の中には不必要なものなのに、まだ人の興味をくすぐる不思議な魅力がある。どのような経緯でこのような形になったのか。原型はどんな状態だったんだろう。どんどん頭のなかで想像が広がっていくんです」

そう語る種村に、尾崎も続く。

「海岸に漂着したものは、なにか生き物の最終形のようでありながら、見るものがそれぞれに自由な視線を投げかけることができる余地があるのが面白い。だからこそオブジェのデザインにも、鑑賞や飾り方を限定しないようなゆとりを残しているように思います」

金工で加えていく真ちゅうのパーツも、次第に明るい金色から赤みを帯びた深い茶色へと経年変化していく素材。オブジェとなってもなお移ろう姿を見て、目にする気持ちも日々揺れ動き、また新たな視線を投げかける。

昨年末には、8年を過ごした淡路島を離れ、沖縄県今帰仁村に移住した。

「淡路島にいたときは、大阪にも近いことから日本の都市から流れ着いたと思われるモノがたくさんありました。一方、外洋に面している沖縄の浜には、国内だけでなく遠い違う国から流れ着いたものもたくさんありますし、一度生命を終えた多様なサンゴも見られ、とにかくカラフルな印象です」

現在は壁や天井に固定するタイプのオブジェが創作のメインだが、今後は公共施設に置かれるような大型のものから、身につけられる小型のものまで、飾るという目的だけに限定されない新たな存在を目指したいと語る。

自由に波間を漂い、辿り着いた美しい何かを求めて、オートゥルノトゥルの2人は、今日も浜辺を歩き続ける。

  • Text: Hisashi Ikai

O’ Tru no Trus[オートゥルノトゥルス]

種村太樹と尾崎紅によるアーティストユニット。2014年に出会い、淡路島に移住。2017年から本格的な製作を開始し、2019年にminä perhonen eläväで開催した「seed of sea」で個展デビュー。合同展「Tracing the roots」に参加するほか、各地の企画展に参加している。95日まで銀座のCIBONE CASEにて展覧会を開催中。9月4日〜9月12日、Knulp AAにて個展を開催。

https://www.otrunotrus.com

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